♦️ はじめに

実際に重篤なのに遭遇したことありますか?



研修医のとき,整形外科で一度だけ.実際の頻度は少ないけど,起きたら重症になることがあるから,対応の訓練はしておく必要があるね.



脂肪乳剤って,救急カートの中に入ってるあの白いやつですよね?



それそれ.すぐに出せるようにね.通常の体格だったらとりあえず1パックは使用する計算になるからね.
局所麻酔薬中毒(Local Anesthetic Systemic Toxicity:LAST)は,発症頻度は低いですが,重篤になり得る合併症です.適切な初期対応と脂肪乳剤療法(Lipid Emulsion Therapy:LET)の導入により,予後は劇的に改善します.
ASRA(米国地域麻酔学会)は,行動を順序立てたチェックリスト形式でガイドラインを提示しています.この記事では,その内容を踏まえ,臨床と試験対策の両面から整理します.
♦️ 初期対応(ASRA気準拠)🚑
🔷 投与中止と応援要請 🔈
局所麻酔薬の投与を直ちに中止し,応援要請を同時に行います.
処置を継続しながら様子を見るのは危険です.ブロック中ならまず注入を止める.カテーテル留置中ならクランプを閉じる!
🔷 気道・呼吸管理 🫁
- 100%酸素投与と換気の確保.
- 低酸素とアシドーシスを防ぐことが心毒性悪化を防ぐカギ.
アシドーシスや高CO₂血症は血中の遊離局所麻酔薬を増加させ,毒性を増強します.
🔷 痙攣発作への対処 ⚡️
- 静注ベンゾジアゼピン(ミダゾラムまたはジアゼパムなど)が第一選択.
- プロポフォールやバルビツール酸系の大用量は心抑制のため避ける。
プロポフォールは抗けいれん作用もありますが,循環抑制作用が重なると二重打撃になります.ベンゾジアゼピンで鎮静し,換気を整える方が安全です.
📘 試験Tip:「避ける薬剤は?」→ プロポフォール大用量・バルビツール酸系.
🔷 循環虚脱・不整脈
- ACLS準拠でよいが,アドレナリンは低用量(<1 µg/kg)に制限.
- バソプレシン,β遮断薬,Ca拮抗薬は使用しない。
- 抗不整脈薬ではリドカイン禁忌・アミオダロンは可.
過量のアドレナリンは心筋酸素需要を増やし,再灌流障害を悪化させると言われています.「助けるつもりが壊す」ことのないように,慎重な投与を.
また,バソプレシン,β遮断薬,Ca拮抗薬を避ける理由は,いずれも心筋収縮力や伝導,循環動態をさらに悪化させるリスクがあり,標準的な救命処置(ACLS)とは異なる薬理作用が直接的な悪影響を及ぼすためです.
📘 試験Tip:「ACLSとの違いで正しいのは?」→ 低用量アドレナリン・バソプレシン禁止・リドカイン禁忌.
🔷 脂肪乳剤の投与(下記)
局所麻酔薬中毒キットの中には必ず必要.必要時には迅速に投与を!.詳細は⤵️
🔷 難治例や遅発性への対応は・・?🤔
LET+ACLSでも回復しない場合,ECMOまたはCPBの導入が検討されます.ブピバカインによる中毒は再燃リスクが高く,集中治療室で長めの経過観察を推奨します.
現在,神経ブロックや硬膜外麻酔での局所麻酔薬は,心毒性の少ないアナペイン(ロピバカイン)やレボブピバカイン(ポプスカイン)が主流で,ブピバカインの投与は特殊例を除いては激減しています.
また,末梢神経ブロック後などで30分〜数時間後に発症することがあります(じわじわ吸収).持続注入例では薬剤の蓄積や再吸収による再発もあるため,長時間のモニタリングが重要です.
♦️ 脂肪乳剤療法(Lipid Emulsion Therapy:LET)
🔷 早期導入の判断
重度の神経症状(意識消失・痙攣)または循環不全があれば即開始!NYSORAは “Do not wait for cardiac arrest.” と明言しています.
🔷 標準投与(ASRA推奨)
1)1.5 mL/kg(20%)を2〜3分でボーラス
2)続いて 0.25 mL/kg/分で持続投与
3)不安定が続けば再ボーラスまたは持続倍量(0.5 mL/kg/分)
4)最大総量:10〜12 mL/kgを目安(施設プロトコルを遵守)
🩺 臨床Tip:脂肪乳剤は毒性局所麻酔薬を「吸着する(lipid sink)」だけでなく,心筋代謝改善など多面的効果があります。早いほど効果的です.
📘 試験Tip:「LETの初回ボーラス量は?」→ 1.5 mL/kg(20%).
♦️ 局所麻酔薬発症後,その予後は・・?🤔
- 早期LETで生存率90〜95%以上.
- 多くは神経後遺症なく回復.
- 遅延・持続注入例や心血管初発型は転帰不良.
- レジストリデータでは,LET導入後の死亡率は10%未満に低下.
循環が回復しても,中枢神経症状の改善は遅れることがあります.再中毒にも注意し,回復後も最低6時間程度の経過観察が必要です.
また,発生に備えて,スタッフ教育とチーム運用も重要です.
- ASRAチェックリストをブロック室・手術室・救急に掲示.
- “LASTキット”(20%脂肪乳剤、投与量表、注射器、チューブ)を常設・定位置化.
- 年1〜2回のシミュレーショントレーニングを推奨.
- 教育の焦点は「発症早期に脂肪乳剤を始める勇気」と「ACLSとの差分」.
📝 Summary:Take Home Points
- 止める・呼ぶ・酸素を同時に.
- 痙攣はベンゾジアゼピンが第一選択.高大用量プロポフォールは禁止.
- エピネフリンは少量,バソプレシン・β遮断薬・Ca拮抗薬は避ける.
- 脂肪乳剤は1.5 mL/kgボーラス → 0.25 mL/kg/分持続(>15分).
- 早期LETで>90%が回復.
- チェックリスト・教育・配置が最大の予防策.
📚 References & Further reading
- ASRA. Checklist for Treatment of Local Anesthetic Systemic Toxicity (2020).
- 国際的に最も引用されるガイドラインの最新版で.現場の標準プロトコル
- StatPearls. Local Anesthetic Toxicity (2022).
- 要点総括
- NYSORA. Local Anesthetic Systemic Toxicity (2024).
- 専門家主導の網羅的解説で,適応~治療アルゴリズムを分かりやすく解説
- El-Boghdadly K et al. Local anesthetic systemic toxicity: current perspectives (PMC 2018).
- 予後・レジストリデータを含む査読レビュー論文で,臨床アウトカムや経過に関するエビデンス
- Weinberg G. APSF 2024 Update: LAST Revisited (Open Access).
- 脂肪乳剤治療ほか,治療手順やアップデートを掲載する重要な解説記事
- Liu Y et al. Frontiers in Medicine 2021 – Mechanisms of lipid emulsion.
- 脂肪乳剤療法の機序を解説した一次メカニズム論文で,病態生理の説明に有用