📘 腹臥位・側臥位でのCPR:術中心停止への即応ガイド【麻酔科専門医試験・周術期管理チーム試験対策】

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Contents

♦️ はじめに

脊椎外科,脳神経外科,肩関節鏡視下手術など,腹臥位や側臥位で実施される手術は年々増加しています.みなさんの施設でも多く行われていると思います😊.

今回のテーマである「術中の周術期心停止(POCA)」は稀な事象ですが,心停止後の死亡率が53.3~70.9%と報告されており,いったん発生すれば生命を脅かす重大な合併症です.

疫学的には,POCA全体の約16%が非仰臥位で発生しているようです.具体的には,側臥位が約14%,腹臥位が約2%を占めます.従来「心停止が起きたら仰臥位に戻してからCPRを開始する」という考え方が一般的でしたが,この対応は蘇生開始の遅延という重大なリスクを伴います.

現在重要とされているのは,腹臥位や側臥位で心停止を認識したら,体位変換を待つことなく,その体位のまま直ちに胸骨圧迫を開始するということです.その上で,呼気終末二酸化炭素濃度(EtCO₂)や動脈圧波形を用いて圧迫の有効性を継続的に評価し,効果が不十分と判断される場合には,CPRの中断時間を最小限に抑えながら仰臥位への体位変換を実施します.

この記事では,腹臥位・側臥位における具体的な圧迫手技,除細動の方法,体位変換の判断基準,術野管理,そして予後改善のための準備まで,麻酔科専門医試験・周術期管理チーム試験の対策と臨床実践の両面から解説します👍


♦️腹臥位が循環動態に及ぼす影響

🔷 腹臥位の病態生理

腹臥位では,腹部への圧迫や胸腔内圧の上昇により,下大静脈(IVC)への静脈還流が減少します(ジャクソンベッド等を使用すれば軽減できます😊).その結果,心臓への前負荷が低下する傾向にあります.同時に,胸郭の後方から前方への圧迫や縦隔の位置変化により,右室(RV)は胸骨に押し付けられる形となり,右室の機能が制限されます.

さらに,気管挿管後の陽圧換気は肺動脈圧を上昇させる傾向があり,これが右室の後負荷をさらに増大させます.これらの要因が重なり,腹臥位では循環動態が不安定になりやすく,心合併症を持つ場合など,リスクの高い患者は心停止のリスクが高まります.

🔷 高リスク患者の特定

以下のような患者では,腹臥位への体位変換時や維持中に循環破綻を来すリスクが高くなります.

🔸 循環器系に問題のある患者

  • 右室機能不全の既往がある患者
  • 肺高血圧症(平均肺動脈圧25 mmHg以上)
  • 重症の慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎

🔸 前負荷依存性の高い病態

  • 重症大動脈弁狭窄症
  • 肥大型心筋症
  • 術前の脱水や出血傾向がある症例

🔸 手術関連因子

  • 長時間(4時間以上)の腹臥位手術
  • Mayfield頭部固定器など厳格な固定を要する手術(頸椎手術や脳外科手術)👉 迅速な体位変換が困難な場合がある

🔷 術前準備の重要性

これらのハイリスク患者に対しては,体位変換前(術中体位をとる際)の準備が救命率向上の鍵となります(もちろん手術の大小や予定時間,合併症の程度で全例必要ではありません).

適切なモニタリング

  • 観血的動脈圧ラインの確保(圧迫の質評価に不可欠)
  • 必要に応じ,可能であれば中心静脈カテーテルの留置

緊急対応の準備

  • 除細動パッドの事前装着(後側方または両腋窩配置)
  • 昇圧薬(ノルアドレナリン,フェニレフリンなど)の準備
  • 輸血製剤の確保

🎓 試験対策ポイント: 腹臥位による前負荷減少と右室負荷増大のメカニズムは、周術期管理チーム試験で頻出のテーマです。


♦️ 初期対応の基本原則

🔷 体位変換を待たずに即座にCPR開始

心停止や重度の徐脈,循環虚脱を認識した瞬間から,神経学的予後を守るために迅速な対応が必要です.現在の体位が何であれ,その場で直ちに胸骨圧迫を開始することが最優先になります.

日本麻酔科学会の「術中心停止に対するプラクティカルガイド(2021年)」や最新の国際ガイドライン(AHA/ILCOR 2025,Resuscitation Council UK 2023-2025など)では,「仰臥位以外での心停止時も,体位変換を待たずに現在の体位で直ちにCPRを開始する」ことが推奨されています.体位変換の準備や判断に時間を費やすことで,CPR開始が遅れることは避けなければなりません.

🔷 CPRの質を評価する指標(重要☝️)

非仰臥位でのCPRでは,圧迫の有効性をリアルタイムで評価することが重要です.以下の指標を用いて,質の高いCPRが実施されているかを継続的にモニタリングします:

🔸 呼気終末二酸化炭素濃度(EtCO₂)

  • 目標値:20 mmHg以上
  • 気道が確保され,リークがないことが前提
  • 急激な低下や消失は圧迫不良またはROSC(自己心拍再開)喪失のサイン

🔸 拡張期動脈圧

  • 目標値:40 mmHg以上
  • 観血的動脈ラインが留置されている場合に評価可能
  • 冠動脈灌流圧の代替指標として重要

🔸 中心静脈酸素飽和度(ScvO₂)

  • 目標値:30%以上
  • 中心静脈カテーテルが留置されている場合に測定可能

🔷 仰臥位への体位変換の判断基準

現在の体位でのCPRを開始してから約2分が経過した時点で,上記の指標に基づいて効果判定を行います.この「2分」という時間設定は,一般的なCPRサイクルの評価・圧迫者交代のタイミングと一致しています.

上記の数値目標に従い,EtCO₂が20 mmHg未満,または拡張期動脈圧が40 mmHg未満の場合,現在の体位でのCPRは効果不十分と判断し,仰臥位への体位変換を検討します.体位変換時のCPR中断時間はできるだけ短く(明確な許容時間の基準はありませんが,可能であれば,小児CPRの中断,成人のリズムチェック時の許容時間の10秒未満に抑える)することが推奨されます.

🎓 試験対策ポイント: EtCO₂ 20 mmHg,拡張期動脈圧40 mmHg,2分での評価というキーワードは覚えておきましょう.数値を問う問題が頻出します.


♦️ 腹臥位でのCPR:実践的手技

🔷 圧迫位置

腹臥位での胸骨圧迫は,背部から実施します.具体的な圧迫位置は両側の肩甲骨下縁を結んだ線の高さで,脊椎の棘突起上です.これは概ね第7~9胸椎(T7-T9)の高さに相当するとされます.

圧迫の方向は,脊椎に対して垂直に力を加えます.仰臥位での前胸部からの圧迫と同様に,心臓を胸骨と脊椎の間で圧迫するという目的は同じです.

🔷 圧迫の深さとテンポ

成人に対する標準的なCPRの基準(深さ5~6 cm,テンポ100~120回/分)に従います.圧迫後は胸郭が完全に元の位置に戻るよう,十分にリコイルさせることが重要です.

🔷 カウンタープレッシャー(対抗圧)の活用

腹臥位CPRの効果を高めるテクニックとして,カウンタープレッシャーの使用があります.手術台と胸郭の間(腹部や胸部の前面)に砂嚢や輸液バッグなどの硬い物体を配置することで、圧迫時の「押し返し」効果が生まれます(仰臥位CPRでの背板:バックボードと同様の効果).

これにより,圧迫の力がより効率的に心臓へ伝達され,心拍出量が増加する可能性があります.最新の系統的レビュー(2024年)でもカウンタープレッシャーの有用性が支持されています.ただし,配置する際は,気道の妨げにならないよう注意が必要です.

🔷 創部がある場合の対応

脊椎手術など,正中背側に術野がある場合は,創部を直接圧迫することはできれば避けます(それはそう🤔).この場合は,創部の両側(左右の傍脊柱筋上)で力学的に等価な圧迫を加える方法を検討します.ただし,圧迫の有効性が優先されるため(有効な心拍がなければ元も子もない),創部保護とCPRの質のバランスを現場で判断する必要があります.

🔷 除細動の実施

腹臥位では,通常の前胸部へのパドル装着が物理的に困難なため,除細動パッドを使用し,後側方,または両腋窩に貼付します.

💡具体的な配置
  • 後側方配置:右または左の肩甲骨下に1枚、対側の前胸部(鎖骨下)に1枚
  • 両腋窩配置:両側の腋窩中央線上に貼付

高リスク患者では,あらかじめ麻酔導入前,または体位変換前に除細動パッドを装着しておくことで,緊急時の対応が早くなります.事前装着に関しては,AHA/ILCOR 2025でも推奨されています.


♦️ 側臥位でのCPR

🔷 二人法による圧迫

側臥位では,一人で効果的な圧迫を行うことは困難です.胸骨側(上側)から圧迫する者と,背部側(下側)から対抗圧を加える者の二人一組での圧迫が基本となります.

胸骨側からの圧迫は,肩峰から胸骨を結ぶラインを意識し,心臓の位置へ向けて力を加えます.背部側は単なる支持ではなく,積極的にカウンタープレッシャーを加えることで、圧迫効果が高まります.この二人法アプローチは,最新の系統的レビュー(2024年)でも推奨されています.

🔷 除細動パッドの配置

側臥位では,前後配置(前胸部と対側の肩甲骨下)が第一選択となります.ハイリスク症例では,体位変換前に装着しておくことが理想的です.

🔷 早期の体位変換検討

側臥位は腹臥位と比較して,仰臥位への体位変換がより容易です.国際的なガイドライン(Resuscitation Council UK 2023-2025など)でも,側臥位でのCPRは効果が限定的であることから,仰臥位への早期変換が推奨されています.ただし,変換の準備中もCPRを継続することが大前提です.

側臥位での二人法圧迫は,事前のシミュレーション訓練なしでは効果的な実施が困難です.定期的なチーム訓練の実施が推奨されます.


♦️ CPRの質のリアルタイム評価☝️

🔷 モニタリング指標の優先順位

前述の通り,観血的動脈ラインが留置されている場合,拡張期動脈圧の波形は圧迫の質をすぐに評価できます.各圧迫に対応した動脈圧の立ち上がりと,拡張期圧が40 mmHg以上維持されているかを確認しましょう.

EtCO₂は気道確保が適切に行われていることが前提ですが(術中であればされているはずです),連続的にモニタリング可能であり,圧迫の有効性を示す重要な指標です.20 mmHg以上を維持することを目標とします.

🔷 圧迫の質を改善する調整

目標値に達していない場合,以下の調整を試みます.

  • 圧迫位置の微調整:肩甲骨下縁のラインに正確に戻す
  • カウンタープレッシャーの追加または位置変更
  • 圧迫者の交代:2分毎の交代は圧迫の質維持に重要
  • テンポの確認:メトロノームやモニターのビープ音を活用

観血的動脈ラインがあると,圧迫の質を数値で即座に判定できます.ハイリスク症例では可能な限り術前に確保しておきましょう.


♦️ 仰臥位への体位変換

🔷 体位変換のアルゴリズム例

STEP
即座のCPR開始

心停止を認識したら、現在の体位のまま直ちに圧迫を開始

STEP
継続的にCPRの質の評価

EtCO₂および拡張期動脈圧で圧迫の有効性を評価

STEP
2分時点での判定
  • 目標達成(EtCO₂ ≥20 mmHg、拡張期圧≥40 mmHg):現体位でCPR継続
  • 目標未達:仰臥位への体位変換を決定
STEP
術野の管理

外科医は術野から手術器具を除去,創部をパッキングして保護.Mayfield頭部固定器を使用している場合は手術台から解放(体がずれると裂傷や頸椎損傷を生じることも).

STEP
体位変換の実施

CPR中断時間を可能な限り短くして実施.

STEP
仰臥位でのCPR再開と再評価
🙅予後悪化の主要因
  • CPR開始の遅延
  • 長時間の中断
☝️成功の鍵
  • 即座にCPR開始
  • 質の高いCPRの評価
  • 適切なタイミングでの体位変換


📝 まとめ:Take Home Messages

🔑 Key Points

  • 非仰臥位でも体位変換を待たずに直ちにCPR開始(開始遅延は予後を悪化させる)
  • 腹臥位では肩甲骨下縁レベルの脊椎を圧迫(深さ5~6 cm,テンポ100~120回/分)
  • EtCO₂ ≥20 mmHg,拡張期動脈圧≥40 mmHgで質を評価
  • 約2分時点で効果判定,不十分なら中断最小限で仰臥位へ
  • ハイリスク症例では術前準備(動脈ライン・除細動パッド事前装着・昇圧薬)が大事
  • ブリーフィングとシミュレーションで中断最小の体位変換を

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