🤔 人工心肺のあと,橈骨動脈圧<大腿動脈圧なことが多いのはなぜ? – 測る場所で変わる血圧の読み方 –

♦️ はじめに
人工心肺を離脱した直後,橈骨動脈圧が低い.ところが,同時に測っている大腿動脈圧は,そこまで低くない.心臓外科の手術に入っている際にはよく見る光景です.
「どちらが本当の血圧なんだろう🤔」
もちろん,測定系に問題があれば,表示された値は変わります.ただ,人工心肺(CPB)の前後には,橈骨動脈と,より中枢側で測った圧との間に,実際に差が生じることがあります.[1,2,7]
この現象には,橈骨動脈の径の縮小が関わるという説明もありますが,研究を読むと,手の血流や圧波の伝わり方も調べられています.何が分かっていて,何をまだ言い切れないのでしょうか.
ちなみに,私が若い頃に先輩に質問したことがありますが,「人工心肺後は末梢の血管の収縮とか拡張が不安定で結果的に低く出ることが多い」という,あいまいな回答をされたことがあります😅
今回はちょっとマニアックな,わかったようなわからないような記事になってしまいました🙇♂️ このあたり,わかりやすく説明するのって難しいですね😅(もし明らかに間違っている部分があれば指摘いただけると幸いです).
♦️ 「末梢では収縮期圧が高くなる」のでは?
大動脈から末梢へ圧の波が伝わると,血管の太さや壁の性質,末梢から戻る反射波などの影響で,波形は変わります.通常は,末梢で収縮期の山が高くなる「脈圧増幅」がみられます.[1,2,8]
ところがCPB後には,橈骨動脈圧が大動脈圧や大腿動脈圧より低くなることがあります.
しかも,収縮期圧だけでなく,平均動脈圧(MAP)にも差が報告されています. 『心臓手術の麻酔』でも,CPB終了後に橈骨動脈ラインが収縮期圧と平均圧の双方を低く評価しうることが説明されています.[2,3,7]
「波形の山が低いだけなら,MAPを見れば大丈夫」とも限らないわけですね🤔
また,これらは「離脱したあと」の現象として知られていますが,CPB中から圧較差が生じた研究もあります.復温や離脱の瞬間だけで起こるもの,と限定しないほうがよさそうです.[4]
♦️ 手の血流が多い? それとも橈骨動脈が細い?
教科書では,前腕の血管拡張や動静脈シャント,部分的な動脈攣縮・体温調節のための血管運動などが説明に挙がっています.『CE技術シリーズ 人工心肺』も,不明な点が多いとしています.[8,9]
その説明の背景を,研究が実際に観察したものに分けて見てみます.
Paucaらは,手の循環を含めた場合と,除外した場合の前腕血流の違いから,手に流れる血液の量を推定しました.CPB後には,この推定した手の血流量が多いほど,大動脈と橈骨動脈の平均圧較差が大きいという関連がありました.圧較差を認めた患者では,手首を圧迫すると較差が小さくなり,一部では消失することも観察されています(手の血流量を直接測った研究ではありません).[3]
平均圧で考えると,血管の抵抗が同じなら,そこを流れる血液が増えるほど,上流と下流の圧較差は大きくなります.手の血管床の抵抗が下がって血流が増えると,そこへ血液を送る動脈の途中で圧がより大きく下がり,手首の圧が中枢側より低くなる,という考え方です.[3]
上記の平均圧の例で,ごく単純化して考えてみます.数字が嫌いな人は飛ばしてください😅
- 血管の中の圧の差は,電気のオームの法則(電圧=電流×抵抗)と同じ形で表せます.
- 圧の差(ΔP)= 血流量(Q:単位時間あたりに流れる血液の量)× 血管の抵抗(R)
実際の血管の分岐などは省略し,中枢側から手までの循環を,二つの抵抗が直列につながった単純なモデルとして考えます.
- 中枢側(大動脈)→[区間①:手首までの動脈]→ 手首(橈骨動脈ライン)→[区間②:手の血管床]→ 静脈
区間①の抵抗をR₁,区間②の抵抗をR₂とします.
橈骨動脈ラインが拾っているのは,区間①を通り抜けたあとの圧です.なので,
- 手首の圧 = 中枢側の圧 − Q × R₁(R₁:区間①の抵抗)
になります.ふだんは,太い動脈の区間①の抵抗は,細い血管が集まる手の血管床よりずっと小さいので,ここで失われる圧はわずかです.
ここで,中枢側と静脈側の圧が変わらない条件で,手の血管床の抵抗R₂が下がったとします.R₁は変わらなくても,手へ流れ込む血流量Qが増えます.そのぶん区間①で失われる圧(Q×R₁)が大きくなり,手首の圧が中枢側より低く出ます.
計算しやすい仮の数字で試してみます(数値は計算用の相対値で,実測値ではありません).中枢側の圧を100,静脈側を0に固定し,区間①の抵抗R₁を1とします.
- 普段:手の抵抗R₂が49なら,全体の抵抗は1+49=50.流量は100÷50=2.区間①で失われる圧は2×1=2なので,手首の圧は98.
- 手の血管が開く:手の抵抗R₂が19に下がると,全体の抵抗は1+19=20.流量は100÷20=5.区間①で失われる圧は5×1=5なので,手首の圧は95.
動脈そのもの(R₁)は何も変わっていないのに,下流が開いただけで,手首の圧が下がりました.手首を圧迫すると較差が小さくなった,という観察も,この式で考えると分かりやすいと思います.圧迫で手へ流れる血液が減れば,Qが小さくなり,区間①で失われる圧も小さくなるからです.
ただし,これは拍動を無視して,平均圧だけで考えた単純なモデルです.収縮期の山の高さには圧波の反射や伝わり方も関わるので,この式だけでは説明できません.また,患者さんの体の中で実際にこの通りに圧が下がっていると証明されたわけではなく,Paucaらの観察を理解するための考え方です.[3]
一方,Babaらが調べたのは,橈骨動脈そのものの太さです.男性の冠動脈バイパス術患者を対象に,超音波で橈骨動脈径を測定しています.大腿動脈との平均圧較差が大きい群では,麻酔導入後と比べた橈骨動脈径の比率が小さく,著者らは血管収縮の関与を考察しました.[4]
「血管が縮むなら,血圧は上がるのでは?🤔」と思うかもしれません.
全身の細動脈が収縮して末梢血管抵抗が増えると,心拍出量が同じなら,中枢側の平均圧は上がる方向に働きます.
一方,中枢から手首までの途中の動脈が細くなって抵抗が増えると,流量を一定にして考えるなら,その区間でより大きな圧較差が必要になります.[6]
先ほどのモデルで,中枢側の圧100と静脈側の圧0を固定したまま,区間①の抵抗R₁を1から3に増やしてみます.手の抵抗R₂は49のままとします.全体の抵抗は3+49=52.流量は100÷52で約1.923に減りますが,区間①で失われる圧は約1.923×3=約5.77に増え,手首の圧は約94になります.このモデルでは,中枢側の圧が変わらなくても,手首の圧は低くなります.
つまり,どの血管で抵抗が変わり,その上流・下流のどこで圧を測っているのかが大切です.ただし,Babaらが観察した径の縮小だけで,血管が能動的に収縮・攣縮したとは断定できません.圧が下がった結果として径が変化した可能性との区別も必要です.
「血流が多い」と「動脈が細くなる」.一見,逆向きの説明に感じるかもしれません.
ただ,手の血管床と,そこへ血液を運ぶ橈骨動脈は,同じ観察対象ではありません. 測った時期も,比較した中枢側の部位も違います.「拡張か,収縮か」という言葉だけを取り出すと,その違いが見えなくなります.
もっとも,これで二つの研究を一つの機序にまとめられたわけではありません.両方の変化が同じ患者で同時に起こり,較差を作ったと,これらの結果から結論することはできません.
♦️ 手首のところだけで,圧が落ちているのか
もう一つ,圧が「どこで」低くなっているかを調べた研究があります.
Kanazawaらは,圧センサー付きの細いワイヤーを使って,大動脈から橈骨動脈までの圧を測定しました.CPB後に明らかな較差を認めた患者では,特定の場所で急に圧が落ちるのではなく,末梢へ向かって,なだらかに低下していました. 同時に,圧の波が伝わる速さである脈波伝播速度(PWV)も,大動脈から橈骨動脈へ向かって遅くなっていたと報告しています.[5]
これは,局所的な攣縮そのものを直接証明した研究ではありません.橈骨動脈径に着目したBabaらの研究とは異なり,大動脈から末梢までの経路に沿って,圧と波の伝わり方を捉えた研究です.
手の血流,橈骨動脈の径,動脈を伝わる圧波.研究が見ている側面は少しずつ違います.現時点で,「CPB後はこの原因で橈骨動脈圧が低くなる」と一本化できるほど,機序は確立していません.[2–5]
♦️ では,低い橈骨動脈圧をどう読むか
機序が一つに決まっていなくても,測定値を読むうえで確認できることはあります.
まず,ゼロ点や基準高,カテーテル・回路の屈曲,気泡や血栓など,測定系を確認します.波形のなまりや収縮期圧の低値は,過減衰(強いダンピング)によっても生じます.数字と一緒に,波形を見ることが大切です.[1]
別の部位の圧と比べるときは,同じ時点の,どの圧成分を比べているのかをそろえます.収縮期圧の山だけが低いのか,MAPも低いのか.その差がCPB中からあるのか,離脱後に目立ってきたのか.「血圧が違う」の中身を分けて見ます.[2,4]
そして,測定系を確認しても差が残るなら,部位間の圧較差も考え,心係数や経食道心エコー(TEE)で見る心臓の動き・充満,術野の出血状況などと照らし合わせます.大腿動脈圧も測定条件や血管病変の影響を受けないわけではありません.『心臓手術の麻酔』の大腿動脈圧に関する説明にも,大動脈・腸骨動脈の閉塞性病変がない,という条件が付いています.「高いほうが正解」と決める話ではありません.[1,2,6,7](良い方を信じたくはなりますけどね!😅)
Sunらの研究では,圧較差があった群で,CPB離脱後の心係数も低かったと報告されています.圧較差があるからといって,中枢側の循環は大丈夫,と楽観してよいわけではありません.[2]
この差を気にするのは,治療の判断に関わることもあるからです.
2021年の観察研究では,橈骨動脈圧だけを監視した群で,橈骨・大腿動脈圧を併用した群よりフェニレフリンの使用量が多かったと報告されています.ただし,測定部位は無作為に割り付けられていません.
低い橈骨動脈圧に反応して薬が増えたのか,手術内容や患者背景,測定部位の選び方の違いが影響したのかは,分けきれません(部位の違いが薬剤増量を引き起こしたと確定した研究ではありません).[6]
厳密には,低い橈骨動脈圧を,そのまま追加の輸液や昇圧薬が必要な根拠にする前に,その値が何を反映しているのかを確かめたいところです.一方で,循環が不安定な患者への評価・対応を,「圧較差かもしれないから」と待つ理由にもなりません.
橈骨動脈のラインで測っているのは,その場所の圧です.
「どちらが本当?」と迷ったときには,まず,どこで測った何の値を比べているのか.CPB後の圧較差は,そこへ立ち戻るきっかけになると思います😊
🔑 Key Points
- 通常は末梢で収縮期圧が高くなるが,人工心肺の前後には,橈骨動脈圧が中枢側より低くなり,平均動脈圧(MAP)にも差が生じうる.
- 機序は確立していない.手の血管床の血流,橈骨動脈径の縮小,大動脈から末梢への圧波の伝わり方が,それぞれ別の研究で報告されている.
- 低い橈骨動脈圧を,そのまま治療が必要な低血圧とも,単なる測定の誤差・部位差とも決めつけない.測定系,比較する圧成分,TEEや心係数などの循環所見を合わせて判断する.
📚 References & Further reading
- Saugel B, Kouz K, Meidert AS, et al. How to measure blood pressure using an arterial catheter: a systematic 5-step approach. Crit Care. 2020;24:172. 本文・DOI.訂正
- Sun J, Ding Z, Qian Y, Peng YG. Central-Radial Artery Pressure Gradient after Cardiopulmonary Bypass Is Associated with Cardiac Function and May Affect Therapeutic Direction. PLoS One. 2013;8(7):e68890. 本文・DOI
- Pauca AL, Kon ND, Cordell AR. Effect of cardiopulmonary bypass on hand and forearm blood flow. Br J Anaesth. 1995;74(3):287–292. 本文・DOI.抄録
- Baba T, Goto T, Yoshitake A, Shibata Y. Radial artery diameter decreases with increased femoral to radial arterial pressure gradient during cardiopulmonary bypass. Anesth Analg. 1997;85(2):252–258. DOI.抄録
- Kanazawa M, et al. Relationship between aortic-to-radial arterial pressure gradient after cardiopulmonary bypass and changes in arterial elasticity. Anesthesiology. 2003;99(1):48–53. DOI.抄録
- Bouchard-Dechêne V, et al. Radial-to-femoral pressure gradient quantification in cardiac surgery. JTCVS Open. 2021;8:446–460. 本文・DOI.抄録
- 『心臓手術の麻酔』第5版.2020.第4章「モニタリング」,p.138・150;第8章,p.304・307.
- 『ワンランク上の心臓麻酔に必要なエビデンス』第1版.2018.第4章「モニタリング」,Q14「上腕動脈へのカテーテル挿入は避けるべきか?」Editorial comments,p.42–43.
- 小竹良文.第5章「人工心肺とモニタリング」.『CE技術シリーズ 人工心肺』第1版.2017.II「血管内圧モニタ」,4「リスクマネジメント」,p.50.
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