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♦️ Introduction
関節リウマチでプレドニゾン(日本では主にプレドニゾロン(プレドニン®))を毎日15 mg内服している患者さんが,大手術を予定しています.この患者さん,ステロイドカバーは必要?必要なら用量と期間は?🤔
1950年代の症例報告で「周術期の副腎不全による死亡」が語られて以来,長らく高用量を補充的に投与する,いわゆるステロイドカバー(欧米ではstress doseが一般的)が広まりました.しかし現代のエビデンスは,一律の高用量投与に疑義を呈しています.
無差別な投与は,高血糖,創傷治癒遅延,感染リスクの上昇といった有害事象を増やします.
人口の約1%が長期グルココルチコイド(GC)療法を受けているとされる今日,そうした患者の周術期管理において重要なのは,致死的な副腎クリーゼ(AC)を防ぎつつ,過量投与による医原性の害を避けるバランスをとることです.
ここでは,研修医や周術期管理チームのメンバー向けに,HPA系の生理,リスク評価に基づく投与プロトコル,そして副腎クリーゼへの対応を整理します😊👍.
♦️ HPA系と副腎機能低下症のタイプを理解する
🔷 HPA系—身体の「ストレス管理者」
視床下部‐下垂体‐副腎(Hypothalamic-Pituitary-Adrenal:HPA)系は,手術や感染などのストレスに対する主要な反応系です.
- 手術・感染などの侵襲(ストレス)→
- 👉視床下部がCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)を分泌
- 👉下垂体 → CRH刺激で前葉からACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を放出
- 👉副腎皮質 → ACTHに反応してコルチゾールを合成・分泌
コルチゾールは生命維持に必須のホルモンです.カテコラミンへの血管感受性を高めて循環動態を支え,代謝に必要なグルコースを動員し,炎症反応を調節します.
健常人の基礎分泌量は概ね10〜20 mg/日とされ,大手術などの強いストレス時には75〜150 mg/日に上昇すると言われています.
🔷 副腎機能低下症(Adrenal Insufficiency:AI)の3タイプ
副腎機能低下症は,内因性コルチゾール産生が不十分になる状態で,タイプにより管理が異なります.
1️⃣ 一次性AI(Addison病):
副腎自体の障害(自己免疫性が多い).下垂体のACTHは高値でも,障害された副腎は反応できません.
Addison病では,糖質コルチコイド(コルチゾール)と鉱質コルチコイド(アルドステロン)の両方が欠乏します.慢性期はヒドロコルチゾン(ソル・コーテフ®)+フルドロコルチゾン(フロリネフ®)での二剤補充が基本です.
周術期で用いられるヒドロコルチゾン高用量(≥100 mg/日)には鉱質コルチコイド作用が含まれるため,維持段階に戻るまでフルドロコルチゾン追加は通常不要です.
2️⃣ 二次性AI:
下垂体障害(腫瘍,放射線など)によりACTHが低下します.副腎は萎縮しますが,鉱質コルチコイド経路は概ね保たれることが多い.
3️⃣ 三次性AI(ステロイド誘発性AI):
周術期で最も頻度が高い原因です.長期の外因性ステロイド(例:プレドニゾン/プレドニゾロン)により視床下部・下垂体が負のフィードバックで抑制され,CRH・ACTHが低下して軸が休眠化します.
この外因性のステロイドを急に減量・中止,あるいは手術など大きなストレスがかかると,適切な反応ができず急性AIを起こし得ます.
☝️負のフィードバックの例え:
1️⃣ 技術を持った人が,それを活かしてお金を稼いでいた
2️⃣ 親切な人が毎月大金をくれるようになった😊!
3️⃣ 働いてお金を稼がなくてよくなって,技術が落ちた😫(←これが負のフィードバック)
🎓 医師国家試験でも出た気がする:HPA軸回復の評価
ゴールドスタンダードはACTH(コシントロピン)負荷試験です.合成ACTH 250 µg静注後,30分・60分で血中コルチゾールを測定し,ピーク <500 nmol/L(18 µg/dL)ならAIを疑います.検査は早朝(8–9時)コルチゾール測定(最終GC投与から≥24時間後)が有用(ESE/ES 2023推奨):
- >10 µg/dL(300 nmol/L):HPA軸が保たれる可能性が高い
- <5 µg/dL(140 nmol/L):AIの可能性が高い
♦️ 周術期ステロイドカバーは誰に本当に必要か
「全員に補充」は不要です🙅♂️.リスクに応じて決定します.
⚠️ 高リスク(補充必須)
HPA系の抑制の可能性が高い以下の状態では補充を行います.
- 一次性/二次性AIが確定している患者
- 三次性AIが確定している患者
- クッシング症候群(ムーンフェイス,中心性肥満,皮膚菲薄化など長期高用量暴露の身体所見)
- 高用量ステロイド投与中:prednisone換算 ≥20 mg/日を>3週間
- 中等量ステロイド投与中:一部ガイドライン(Woodcock 2020)は≥5 mg/日を≥1カ月を閾値とする基準を採用
💡 5〜20 mg/日の判断に迷う領域**では,カバーを提供する方が安全 - 最近のステロイド:長期ステロイド療法を直近3〜6カ月以内に中止した症例
📌 投与経路も重要です.高用量の吸入ステロイド,頻回の関節内注射,強力な外用でも全身吸収によりHPA抑制が起こり得ます.すべての製剤形を必ず確認.
🔷 「リスクあり」患者の扱い
例えば10 mg/日を長期内服し,副腎クリーゼ歴のない患者を考えてみましょう.昔はヒドロコルチゾン(ソル・コーテフ®)300 mgなどの高“ストレス用量”が投与されていました.
しかし近年の系統的レビュー(Chen Cardenas 2022,Chilkoti 2019)は,AIが確定していない「リスクあり」群の軽〜中等度手術では,通常内服継続(必要なら静注等価)で十分な場合が多いと示唆しています.
🌐 ちなみに,各学会で閾値が異なります:
- UK(Woodcock 2020):≥5 mg/日を≥4週間
- Europe(ESE/ES 2023):≥5 mg/日を≥1カ月
- US(多様):≥10–20 mg/日を採用する施設が多い
これは質の高いRCTが乏しく,画一的な閾値で判断するよりも個々に評価することが重要であるということが示唆されます.
🔷 低リスク(補充不要)
通常,以下ではステロイドカバーは不要とされています.
- 3週間未満の使用(しかし,HPA系抑制の一過性の抑制は生じ得る)
- 低用量(プレドニゾロン5 mg/日未満)
- 隔日の投与 など(ただし,隔日投与であっても、投与量が超生理学的用量(Supraphysiologic glucocorticoid therapy) に相当し,かつ長期間(3〜4週間超)継続されている場合には,HPA軸抑制が生じている可能性を完全に排除することはできず,ステロイドカバーの検討が必要となる場合があります.
♦️ 実際のステロイドカバーの方法
🔷 第一選択薬:ヒドロコルチゾン
ヒドロコルチゾン(ソル・コーテフ®)は内因性コルチゾルと同一で,糖質・鉱質両作用を有し,補充療法としては最適です.
⚠️ 臨床上の注意(デキサメタゾン(デカドロン®)):
抗炎症・制吐には有用ですが,臨床的に有意な鉱質コルチコイド作用を欠くため,一次性AIの補充薬としては不適です.二次性/三次性AI(鉱質機能が保たれる)では使用可能ですが,半減期が短いヒドロコルチゾンの方が用量調整・漸減が容易です.
🔷 段階的投与方法の例
Woodcock 2020/ESE・ES 2023などのコンセンサスに基づきます.日本における現状では,施設ごとにプロトコルが異なることが多いです.
😊 低侵襲
例:内視鏡,白内障,小皮膚科手術
- 通常の朝の内服を継続.追加不要が一般的.
- 任意でヒドロコルチゾン 25〜50 mg IV単回(導入時)は許容される.
🙁 中等度侵襲
例:腹腔鏡下胆摘,人工関節,単純子宮摘出
- 通常内服継続+ヒドロコルチゾン 50〜75 mg/日(例:25 mg IV 8時間ごと)を24〜48時間.
😣 高度な侵襲
例:開腹・開胸などの大手術,心臓手術,多発外傷
- 十分な補充が必要.
- 麻酔導入時にヒドロコルチゾン 100 mg IV+24時間で200 mg(持続 8.3 mg/時または50 mg を6時間ごと)
⤵️ 漸減と中止
最大のストレス反応は術後48〜72時間にピークを迎えます.
経過良好(無熱,循環安定,合併症なし)の場合,速やかな減量が可能です.大侵襲術後は,例として200 mg/日→翌日100 mg→翌々日50 mgと日毎に半減し,基礎量へ.
経口再開後は「通常内服の2倍」を24〜48時間継続し,基礎量へ戻す手順が実用的です(しかし,方法は色々とあります).
♦️ 副腎クリーゼの認識と対応
🔷 評価—非特異的症状に注意
副腎クリーゼ(AC:急性副腎不全)は致死的になりうる緊急事態です.しかしその症状は,一般的合併症に酷似する非特異的症状で現れます:
- 悪心・嘔吐
- 腹痛
- 傾眠,錯乱,著明な脱力
- 発熱
- 低血糖
重要な所見は,難治性低血圧です(十分な輸液や昇圧薬にも反応が乏しい).検査では低Na血症,高K血症がみられることがありますが,必発ではなく遅れることもあります.
🔷 緊急時は診断より治療を優先
副腎クリーゼを疑えば即治療が必要です.
ヒドロコルチゾン100 mgの単回投与はリスクが小さいため,副腎クリーゼを疑っているのに,投与を遅らせる理由にはなりません.可能なら採血(コルチゾール,ACTH,電解質)を投与前に行いますが,採血のために投与を遅らせてはいけません.
💉 投与プロトコル(成人)
Society for Endocrinology(2020)に準拠:
- ヒドロコルチゾン100 mgを直ちに
- 静注が第一選択,IV確保が遅れる場合は筋注も可
- 生理食塩水1 L(または晶質液)を初回1時間で急速輸液(多くが著明な脱水を呈しているため)
- 維持:ヒドロコルチゾン200 mg/日維持
- 持続 8.3 mg/時 または 50 mg IV 6時間ごと
- 低血糖にはブドウ糖補正,電解質を監視・是正
- 安定後,誘因(感染,手術ストレス,出血など)を検索・治療
♦️「過量投与はむしろ害」—Less is More の理由
1950年代の報告は観察に基づくものが多く,一律高用量が慣行化しました.
しかし近年の報告では,重症疾患や大手術でも内因性コルチゾール産生は概ね≤150 mg/日(Chilkoti 2019)とされています.300〜500 mg/日の超生理学的な投与量は循環動態の追加利益が乏しく,むしろ以下のような有害事象をまねくおそれがあります.
- 高血糖(しばしばインスリン治療が必要)
- 創傷治癒遅延
- 手術部位感染・院内感染の増加
- 体液貯留・電解質異常
手術侵襲に見合った補充(中等度50〜75 mg/日,高度な侵襲100〜200 mg/日)で,必要十分なストレス対応と有害事象低減の両立が重要です👍
♦️ 残る課題とガイドラインの隙間
ステロイドカバーに関しては,未だ混乱して当然の状態です.
- エビデンスの質:多くが専門家合意・生理学的妥当性に基づき,大規模RCTは乏しい
- ガイドライン間の相違:5 mg/10 mg/20 mgなど閾値が不一致
- 遵守率の低さ:上記の曖昧さのため,実臨床におけるばらつきが大きいようです.2025年に行われたイギリスの調査(PREdS)では,「リスクあり」患者でガイドライン準拠は9%に留まっているようです😳
大規模RCTが乏しい以上,リスク評価を行っているということ自体が大事です.低リスク(不要)と高リスク(完全補充)をまず明確にし,「グレーゾーン」(例:プレドニゾロン 10 mg/日)にはヒドロコルチゾン 50〜75 mg/日等の中等度の補充が,急性副腎不全のリスクと過量投与の害のバランスとる上で有効です.
📖 Frequently Asked Questions (FAQs)
☝️Q1: 周術期補充が必要なのは?
一次性・二次性・確実な三次性副腎機能低下症.クッシング症候群,20mg/日以上のプレドニゾロンを3週間以上,長期ステロイドを直近3〜6カ月で中止している場合.5mg/日以上を1カ月以上,など.
☝️Q2: 副腎クリーゼ疑いの初期対応は?
ヒドロコルチゾン100 mg IV(IM可)を直ちに投与し,生理食塩水1Lで急速輸液.その後ヒドロコルチゾン200 mg/日(持続または50mgを6時間ごと ).緊急時は検査結果を悠長に待つのはNG.
☝️Q3: 手術侵襲で用量はどう変える?
- 低侵襲:通常内服 or ヒドロコルチゾン 25〜50 mg IV単回
- 中等度侵襲:通常内服+ヒドロコルチゾン 50〜75 mg/日を1〜2日
- 高度な侵襲:ヒドロコルチゾン 100–200 mg/日を2〜3日,その後漸減
☝️Q4: 長期ステロイド使用者でも補充不要な低リスクは?
プレドニゾロン 5 mg/日未満,または3週間未満の使用では原則不要.
☝️ Q5: 「リスクあり」でも内服継続だけで十分な場合は?
確定AIでない慢性10〜15 mg/日などでは,軽〜中等度手術で通常内服継続(必要ならIV等価)のみで過量投与を回避できる可能性があります.
☝️ Q6: 術後いつまで補充を続ける?
侵襲によるストレス反応は48〜72時間がピーク.感染や難治性低血圧がなければ2〜3日目から減量開始.1週間以内に基礎量へ復帰を目標.
📝 まとめと Take Home Messages
周術期のステロイド管理は,一律高用量からリスク評価による個別化へ.副腎クリーゼの回避と過量投与の害の回避の療法が重要です.
- 副腎クリーゼ疑い:ヒドロコルチゾン 100 mg IV/IMを即時投与+生食1 L——診断より治療優先
- 慢性使用・確定AIなし:通常内服継続(等容量追加許容)で過量投与の害を回避
- ヒドロコルチゾンの段階的投与:
- 低侵襲:25〜50 mg 単回
- 中等度侵襲:50〜75 mg/日
- 高度な侵襲:100〜200 mg/日
- 漸減:ストレス反応は48〜72時間がピーク.合併症なければ1週間以内に基礎量へ
- デキサメタゾン:鉱質コルチコイド作用なし.一次性副腎機能低下の補充には不適
📚 References & Further reading
- Association of Anaesthetists. Management of glucocorticoids during the peri-operative period for patients with adrenal insufficiency. Anaesthetists. 2023. doi:10.1111/anae.16556.
- Endocrine Society, European Society of Endocrinology. Glucocorticoid-Induced Adrenal Insufficiency. Endocrine Society. 2024. doi:10.1210/endrev/bnad040.
- Chen Cardenas SM, Kruszka PS, Olafsson G, et al. Perioperative Evaluation and Management of Patients on Glucocorticoids. J Endocr Soc. 2022;7(2):bvac185. doi:10.1210/jendso/bvac185.
- Chilkoti GT, Bhatia PK, Khandelwal M, et al. Perioperative “stress dose” of corticosteroid: Myth or fact? J Anaesthesiol Clin Pharmacol. 2019;35(1):3-6. doi:10.4103/joacp.JOACP_181_18.
- Endocrine Society UK. Adrenal Crisis Information. Endocrine Society UK. 2025..
- Camtosun E, Siracusano M, Narang R, et al. Treatment and Prevention of Adrenal Crisis and Family Education. J Clin Res Pediatr Endocrinol. 2024;16(2):174-181. doi:10.4274/jcrpe.galenos.2024.2024-6-12-S.
- Miggelbrink LA, Naor D, Qureshi M, et al. Peri‐operative corticosteroid supplementation guideline: A debated topic of systematic review and meta-analysis. Anaesthesia. 2025;80(4):567-579. doi:10.1111/anae.16556.
- OpenAnesthesia. Adrenal Insufficiency and Perioperative Corticosteroids. OpenAnesthesia. 2024.
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