♦️ はじめに:なぜ周術期に禁煙介入が重要か
前回記事「とにかく禁煙禁煙!!〜周術期の喫煙の悪影響と禁煙の効果〜 」でも述べましたが,喫煙は肺合併症,創傷治癒不良,心血管イベントなどのリスクを増加させることが多数の研究で示されています.
術前に禁煙すると術後合併症が減るとするデータがあり,可能なら手術4週間以上前からの禁煙が臨床的に望ましいとされることが多いです.ただし緊急手術や待機期間が短い場合は,短期間介入でも有益である可能性があります.
⭐️要点
- 周術期禁煙介入は術後合併症(肺合併症,創感染など)の低下に寄与する可能性があるため推奨される.
- バレニクリンは複数の大規模解析で重大心血管事象(MACE)を有意に増加させないと報告されているが,精神症状・運転など注意点はある.
- ニコチンパッチ(NRT)が創傷治癒を明確に悪化させる高品質なエビデンスは乏しいが,心疾患などハイリスク群では臨床判断を要する.
- ブプロピオンはけいれん閾値を下げるため,てんかん既往などでは禁忌または注意が必要.

♦️ 禁煙補助薬には何がある?
🔷 禁煙補助薬の種類
周術期で使われる主な薬剤は次の3つです👇
- ニコチン置換療法(NRT):経皮パッチ,ガム,吸入製剤(🇯🇵では未承認)など.
- バレニクリン(varenicline):部分ニコチン作動受容体アゴニスト/アンタゴニスト.
- ブプロピオン(bupropion):ノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害+抗うつ作用,抗けいれん閾値低下の副作用あり.※日本では未発売
薬剤ごとに作用機序・投与スケジュール・副作用が異なるため,患者背景(心疾患,精神疾患,てんかん既往,運転業務など)と手術までの期間を考慮して選択する必要があります.
🔷 ニコチンパッチ・ガム
✅ 作用・投与
経皮的に一定量のニコチンを供給します.パッチの強さは吸煙量に応じて調整するのが一般的.
✅ 利点
禁煙開始の即効性は低いですが,安定してニコチンを供給でき,短期的な離脱症状を抑えやすい特徴があります.周術期には使いやすいですね.
✅ 副作用と注意点
皮膚刺激,睡眠障害などが一般的.
ニコチンは,交感神経刺激作用や,冠血管収縮・血管内皮の機能障害を生じるリスクがあるとされています.それによる心血管イベントについては,短期使用で重大な悪化を示す明確な高品質なエビデンスは乏しいですが,虚血性心疾患など高リスク例では手術当日の使用や継続を個別に判断する必要があります(ニコチンは交感神経を刺激するため).
創傷治癒に関しては,喫煙そのものが創傷治癒を悪化させますが,経皮ニコチン単独が創治癒を確実に遅延させるとする一貫したデータは少ないです.そのため,「ニコチンパッチは必ず創治癒を遅延させる」と断定するのは根拠不十分です.しかし形成外科領域など,組織微小循環に敏感なケースでは慎重を要するという報告があります.
待機期間が十分ある患者では,術前数週間からパッチで禁煙補助→手術当日まで継続とすることが多いですが,虚血性心疾患患者の手術当日はチームで検討する(試験問題でも取り上げられることが多いです).
🔷 バレニクリン(Varenicline)※現在出荷停止中
※ 2021年に一部の製品から基準値を超える発がん性物質(ニトロソアミン類)が検出されたことを受け,自主回収および出荷停止措置が取られており,2025年10月現在,出荷再開されておりません(phyzerの声明)
✅ 作用・投与
α4β2ニコチン受容体部分アゴニスト.通常は導入スケジュール(1週目は低用量→増量)を取る.完全効果発現まで数週を要するが,短期でも効果を示す研究がある.
複数のRCTやメタ解析で高い禁煙成功率が示されています.周術期のRCTでも禁煙率の改善を報告する研究があります.
✅ 安全性と使用の注意点
過去に精神症状(うつ,自殺念慮等)の報告があり,ラベリングや注意喚起が行われてきたようです.ただし,心血管イベントに関しては患者レベルの大規模解析やRCTを含む解析で「重大心血管事象を増加させない」という結論を示す報告が多く,総合的には「心イベントを増加させない」と判断されることが多いようです.
ただし,個別の例で精神神経症状が出現する可能性はあるため,運転や危険作業を行う人には開始前の説明と注意喚起が推奨されます.
待機期間が十分あればバレニクリンは有効な選択肢で,術前に開始して周術期を通じて続行することも可能です.待機期間が短い場合には導入と効果発現のタイミングを考慮し,術直前から始めることは一般に推奨されません(効果発現まで時間が必要).
ただし短期介入でも禁煙率改善が期待できる報告もあるため,臨床状況に応じて判断します.
🔷 ブプロピオン(Bupropion)※日本では未発売
✅ 作用・投与
抗うつ薬としての作用も持ち,禁煙補助として用いられます.導入に数日〜数週要します.
✅ 副作用・禁忌
けいれん閾値を下げるとされています.てんかん既往やアルコール・ベンゾジアゼピン離脱期などでは使用禁忌または注意.周術期は薬剤相互作用(麻酔薬,向精神薬)に注意します.
バレニクリンやNRTに比べて周術期の第一選択ではないことが多いですが,既往歴や患者の嗜好により選択されることがあるようです(日本ではまだ関係ないけど・・・)
📝 まとめ:Take Home Points
以上のように,日本における現時点での,薬物による禁煙補助の選択肢は「ニコチンパッチ」一択となっています・・😔 海外においても,バレニクリンの供給は停止状態のようで(一部の国でバレニクリンのジェネリックは販売されているようですが),選択肢が狭まっていることは,禁煙治療に大きな影響を与えているようです.
- 周術期禁煙は可能な限り術前に介入することが望ましい(目安:4週間以上が理想).
- バレニクリンは試験・メタ解析で心血管イベントの有意増加を示していないとの報告が多いが,精神症状や運転業務の注意は必要.現在出荷停止中.
- ニコチンパッチが創治癒を必ず遅延させるという一貫した高品質エビデンスは乏しいが,個別に慎重な判断が必要.
- ブプロピオンはけいれんリスクのため,その既往がある患者では避ける.日本では未発売.
📚 References & Further reading
- Perioperative varenicline RCT — Wong J. et al.
• Wong J, Abrishami A, Yang Y, Zaki A, Friedman Z, Selby P, Chapman KR, Chung F. A perioperative smoking cessation intervention with varenicline: a double-blind, randomized, placebo-controlled trial. Anesthesiology. 2012;117(4):755-64. doi: 10.1097/ALN.0b013e3182698b42. PMID: 22890119. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22890119/ - Patient-level meta-analysis on cardiovascular safety of varenicline — Ware JH. et al.
• Ware JH, VanSpall HGC, O’Donnell MJ, et al. Cardiovascular safety of varenicline: patient-level meta-analysis of randomized, blinded, placebo-controlled trials. Am J Ther. 2013;20(3):235-46. doi: 10.1097/MJT.0b013e31827ab4a3. PMID: 23615317. - Cardiovascular safety analyses of varenicline, bupropion, and NRT — Benowitz NL. et al.
• Benowitz NL, Pipe A, West R, Hays JT, Tonstad S, McRae TD, et al. Cardiovascular Safety of Varenicline, Bupropion, and Nicotine Patch in Smokers: A Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2018;178(5):622-631. doi: 10.1001/jamainternmed.2018.0397. PMID: 29630702. - Smoking and surgical wound healing — Sørensen LT., Gottrup F.(レビュー)
• Sørensen LT, Karlsmark T, Gottrup F. Wound Healing and Infection in Surgery: The Clinical Impact of Smoking and Smoking Cessation: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Surg. 2012;147(4):373-383. doi: 10.1001/archsurg.2012.5 PMID: 22508567. - Cochrane Review / Hartmann-Boyce J.等 — NRTの効果・安全性レビュー
• Hartmann-Boyce J, Chepkin SC, Ye W, Bullen C, Lancaster T. Nicotine replacement therapy versus control for smoking cessation. Cochrane Database Syst Rev. 2018;5(5):CD000146. doi: 10.1002/14651858.CD000146.pub5. PMID: 29852054. - FDA / EMA / PMDA—Varenicline(チャンピックス)安全性関連情報
• U.S. Food and Drug Administration. FDA Drug Safety Communication: FDA updates label for stop smoking drug Chantix (varenicline) to include potential alcohol interaction, rare risk of seizures, and other changes.
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