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♦️ はじめに
妊娠に伴う生理学的変化は、麻酔科専門医試験も周術期管理チーム試験も最重要テーマの一つです.産科麻酔を安全に実践するためには、妊娠で母体にどんな変化が起きるかを正確に把握して、それを麻酔管理にしっかり反映させる必要があります.
日本で妊産婦さんが亡くなる主な原因は,産科危機的出血,羊水塞栓症,心血管系合併症です.これらに適切に対応するためには,まずは正常妊娠の循環動態と呼吸機能の変化を完全に押さえておくことが大前提です.
今回は循環器系と呼吸器系に絞って,試験頻出の数値・概念と現場の実践ポイントを解説します.血液・凝固系、消化器、腎機能、薬物動態は次回に持ち越しです!😊
🫀 循環器系の変化
妊娠は母体の循環器系に劇的な変化をもたらします.これらは胎児への酸素・栄養をしっかり届けるための適応反応で、妊娠初期から始まり分娩・産褥期まで続きます.麻酔科医にとっては、この変化を理解することが麻酔計画と周術期管理の土台になります👍.
🔹 循環血漿量と心拍出量
妊娠中の循環血漿量は著明に増加し,妊娠32〜36週頃にピークを迎えます.増加の程度はおおむね40〜50%程度とされ,これは胎盤循環への血流確保と分娩時出血への生理的準備として理解されています(1)(4).
心拍出量も非妊娠時と比べておおむね30〜50%程度増加します(1)(3)(4).この増加は妊娠初期から始まり,一回拍出量の増加と心拍数の上昇の両方で起こります.ちなみに,心拍出量は循環血液量のピークより少し早く,妊娠20〜32週頃にピークに達し、その後分娩まで維持されます.
心拍数は妊娠末期には非妊娠時より約10〜20%程度(毎分10〜20回程度.海外文献ではもう少し多い場合も)増えるのが一般的です(3).赤血球量も増えますが血漿ほどじゃないので生理的貧血になるのもセットで覚えておきましょう.
🔹 血管抵抗と血圧の変化
妊娠中は末梢血管抵抗が低下します.全身血管抵抗はおおむね20〜35%程度低下し,これは主にプロゲステロンの血管平滑筋弛緩作用と胎盤が作る低抵抗血管床によるものです(4)(7).
血管拡張により,心拍出量が増加しているにもかかわらず血圧は上昇せず,むしろ妊娠中期には軽度低下する傾向があります.典型的なパターンは第1〜2三半期で収縮期・拡張期ともに5〜10 mmHg程度低下し,第3三半期で非妊娠時レベルに戻る形です.拡張期血圧の低下が目立つので脈圧は拡大します.
臨床的には、妊娠中の血圧評価において「正常範囲」が非妊娠時とは異なることを認識しておきましょう.例えば,妊娠中期に血圧が非妊娠時と同程度であれば,本来生じるはずの生理的低下が起きていない可能性があり、注意が必要です.
また,妊娠高血圧症候群の診断基準(一般的に収縮期血圧140 mmHg以上または拡張期血圧90 mmHg以上)を満たさなくても,妊娠前の血圧からの上昇幅が大きい場合には子癇前症への進展リスクとして警戒すべきとされています.このように,絶対値だけでなく個々の妊婦における変化の程度も考慮した判断が求められます.
🔹 仰臥位低血圧症候群
妊娠後期の超重要概念です! 増大した子宮が下大静脈を圧迫 → 静脈還流減少 → 心拍出量低下 → 血圧低下.発生頻度はおおむね0.5〜11%程度と報告されています(4). 試験では,特に脊髄くも膜下麻酔後の低血圧として出題されることがありますが,麻酔をかけていなくても生じます.
仰臥位をとって数分で悪心・めまい・発汗・蒼白,重症なら意識消失や胎児徐脈も出ることがあります.妊娠20週以降は潜在的なリスクがあり,特に末期は顕著です.
対処は即・左側臥位か右殿部にウェッジで子宮を左方に移動! 帝王切開中はこれが標準管理です.試験でも現場でも高率に遭遇するので完璧に押さえましょう!
🔹 分娩時・産褥期の変動
陣痛1回で子宮収縮により約300〜500 mLの血液が母体循環に押し出される「自己輸血現象」が起き,一過性に心拍出量・血圧が上昇します(3).
娩出直後は下大静脈圧迫解除+子宮収縮で心拍出量が妊娠前の60〜80%程度増えることもあります(4).心疾患合併妊婦さんにとっては最も危険なタイミングです. 妊婦さんは循環予備能が大きいので,出血1500〜2000 mL(循環血液量の25〜30%)でもバイタルが安定してる場合が多く,過小評価厳禁です!
🫁 呼吸器系の変化
呼吸器も激変します.酸素需要増への適応と同時に、麻酔管理の最大リスク因子です.
🔹 機能的残気量(FRC)の減少
妊娠末期に子宮で横隔膜が頭側に押し上げられ,FRCはおおむね20〜30%程度減少するとされています(1)(4). このため,酸素予備能がガクッと落ちて、無呼吸時の低酸素血症進行がめちゃくちゃ早くなります(肥満妊婦さんでは特に・・😓).産科の困難気道が命取りになる最大の理由です!
🔹 換気と血液ガス
分時換気量はおおむね30〜50%程度増加,主に一回換気量が増えます(1)(4)(7).プロゲステロンが呼吸中枢の二酸化炭素感受性を高めるのが主な機序とされています(7).その 結果過換気状態となり,PaCO₂は28〜32 mmHg程度にまで低下(呼吸性アルカローシス)します.
腎臓でHCO3-排泄が増えて代償されるため,pHは7.40〜7.45程度に保たれます. 逆に,通常過換気になるはずの妊婦さんでPaCO₂が 40 mmHg(一般的には正常)なら「相対的高CO₂=呼吸不全」の可能性があります!
🔹 気道管理上の注意点⚠️
上気道粘膜浮腫+毛細血管充血で気道が脆弱(出血しやすい)になります.Mallampatiスコアは妊娠進行とともに悪化,分娩中さらに悪化するという報告もあります(4).そのため,挿管困難リスクが非妊娠女性の数倍!ビデオ喉頭鏡・声門上器具は必ず準備(技術の進歩に感謝😊),前酸素化は死ぬ気でやりましょう!(今ならHFNVもいいですね!)
🤔 よくある質問:FAQ
🤔 妊娠中の心拍出量はどのように変化しますか?
- 妊娠中の心拍出量は妊娠初期から増加し始め,妊娠32〜36週頃にピークに達します.
- 非妊娠時と比較しておおむね30〜50%程度の増加を示し,これは一回拍出量の増加と心拍数の上昇の両方によって生じます.
- 心拍数は妊娠末期には約10〜20%程度増加します.分娩時にはさらに心拍出量が増加し,特に陣痛中の自己輸血現象や娩出直後には一過性に著明な上昇を示すことがあります(心合併症妊婦では要注意).
🤔 妊婦が仰臥位を避けるべき理由は何ですか?
- 妊娠後期の妊婦が仰臥位をとると,増大した子宮が下大静脈を圧迫し,心臓への静脈還流が減少します.これにより心拍出量が低下し,血圧低下,悪心,めまい,さらに意識消失や胎児徐脈を引き起こす可能性があります.
- これが仰臥位低血圧症候群です.予防には左側臥位をとるか,右殿部に枕などを挿入して子宮を左方に傾けることが有効です.
🤔 妊婦の動脈血ガス正常値は非妊娠時と異なりますか?
- 妊婦の動脈血ガス正常値は非妊娠時とは異なります.
- プロゲステロンの作用で分時換気量が増加するため,PaCO₂はおおむね28〜32 mmHg程度まで低下しています.
- これに対し腎臓からの重炭酸イオン排泄が増加して代償するため,HCO₃⁻は18〜21 mEq/L程度となり,pHは7.40〜7.45程度に維持されます.
- 妊婦でPaCO₂が40 mmHgであれば呼吸不全を示唆する所見と解釈する必要がある場合があります.
📝 まとめ:Take Home Messages
娠は循環血漿量・心拍出量の増加,FRC減少と過換気状態をもたらし,これらの変化は麻酔管理上の重要なリスク因子になります.
🔑 Key Points
- 循環血漿量は40〜50%程度,心拍出量は30〜50%程度増加し32〜36週にピーク
- 仰臥位低血圧症候群は下大静脈圧迫が原因であり,左側臥位または子宮左方移動で予防
- 分娩時は自己輸血現象により循環動態が急変し,娩出直後は特にハイリスク
- FRCは20〜30%程度減少し,酸素消費量増加と相まって無呼吸時の低酸素血症進行が早い
- 妊婦のABG正常値はPaCO2 28〜32 mmHg,PaO2 100〜105 mmHg程度であり,PaCO₂ 40 mmHgは呼吸不全を示唆
- 気道粘膜浮腫とMallampatiスコア悪化により挿管困難リスクが上昇する
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- 追加予定
📚 References & Further reading
- 田中宏和. 妊婦の生理学. 日臨麻会誌. 2018;38(4):533-537.
- 川瀬小百合, 橘一也. 妊娠期の薬理学. 日臨麻会誌. 2018;38(4):542-546.
- 日本循環器学会/日本産科婦人科学会. 心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン(2018年改訂版). 2019.
- Norwitz ER, Robinson JN. Physiologic changes during pregnancy. In: Belfort MA, et al., eds. Critical Care Obstetrics. 5th ed. Wiley-Blackwell; 2017:1-30.
- Mehta LS, Warnes CA, Bradley E, et al. Cardiovascular considerations in caring for pregnant patients: a scientific statement from the American Heart Association. Circulation. 2020;141(23):e857-e911.
- Eke AC, Gebreyohannes RD, Engmann CM, et al. Physiologic changes during pregnancy and impact on drug pharmacokinetics and pharmacodynamics. J Clin Pharmacol. 2023;63 Suppl 1:S34-S42.
- Kepley JM, Bates K, Mohiuddin SS. Physiology, maternal changes. In: StatPearls. StatPearls Publishing; 2025.
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