♦️ はじめに
手術が終わってホッとしたあと,患者さんが「ううっ…気持ち悪い…吐きそう🤢」と訴える——。
この「吐き気と嘔吐」,ご存知の通り,PONV(Postoperative Nausea and Vomiting:術後悪心・嘔吐)と呼ばれています.
このPONV,何も対策をしない場合,全身麻酔を受けた患者さんの実に約3割に起こると言われており,
シバリング(と寒気)や術後痛と並んで,周術期の嫌な思い出の大きな原因にもなり得ます.でも,きちんと予防すればかなり減らすことができます👍

♦️ Step1:まずは「吐きやすさ」を数える:Apfelスコア
PONVのリスクは、“なんとなく”ではなく4つの因子でスコア化できます👇
🌟 Apfelスコアは麻酔前に10秒で使える!
「2点→2剤予防」「3点以上→多剤併用」を目安に💉
🔷 Apfelスコア(成人PONVリスクスコア)
因子 | 内容 |
---|---|
👩 女性 | 男性より約2〜3倍リスクが高い |
🚭 非喫煙者 | 喫煙者よりPONVリスクが高い |
🤢 PONVまたは乗り物酔いの既往 | 体質的に吐きやすい傾向 |
💊 術後オピオイド使用予定 | 鎮痛薬が嘔吐を誘発する |
Apfelスコア | 発生率(目安) |
---|---|
0 | 約10% |
1 | 約20% |
2 | 約40% |
3 | 約60% |
4 | 約80% |
📖 出典:
Apfel CC, Laara E, Koivuranta M, Greim CA, Roewer N.
A simplified risk score for predicting postoperative nausea and vomiting: conclusions from cross-validations between two centers.
Anesthesiology. 1999;91(3):693–700.
PMID:10485781
- このApfelスコアは、PONVの「4つの主要リスク因子」を簡単に数えるためのスコアです.
- 該当する項目を1点ずつ加算し、合計点によっておおよその発生率が推定できます.
- 0〜1点:低リスク(単剤予防で十分)
- 2点:中等度リスク(2剤併用)
- 3点以上:高リスク(3剤以上または強化対策)
- 世界中で最も広く使われており、2020年Fourth Consensus Guidelines(Gan TJ, Anesth Analg, 2020)でも正式に推奨されています.
🔷 ちなみに小児ではPOVOCスコア👶
小児にはPOVOC(Postoperative Vomiting in Children)スコアがあり、次の4因子をチェックします.該当するほどリスクが高く,2因子以上なら予防薬を検討します.
- 手術時間 ≥30分
- 年齢 ≥3歳
- 斜視手術
- 本人または家族にPONV/乗り物酔いの既往
Eberhart LHJ, Geldner G, Kranke P, et al.
The development and validation of a risk score to predict the probability of postoperative vomiting in pediatric patients.
Anesth Analg. 2004;99(6):1630–1637.PMID: 15562056
🧘 Step2:「吐きにくい麻酔」を選ぶ(薬の前に!)
PONVは薬で抑える前に,“そもそも吐きにくい麻酔”をするのが基本です.
- 🌿 TIVA(プロポフォール主体)を選ぶ
→ 吸入麻酔よりもPONVを約3〜5倍減らせる - 💧 補液をしっかり
- 💉 オピオイド節約(NSAIDs・アセトアミノフェン・局所麻酔を併用)
- ❌ 亜酸化窒素(N₂O)や揮発性麻酔薬は最小限に
- ⚙️ スガマデクスを適切に使う(ネオスチグミンの高用量を避ける)
💊 Step3:予防策の考え方(日本と海外)
🌍世界的には,複数の薬を作用機序別に組み合わせて予防するのが基本です.ただし,日本では適応や用量が異なる点に注意が必要です.
薬剤 | タイミング | 海外での推奨用量 | 日本での状況 |
---|---|---|---|
デキサメタゾン | 導入時 | 4–8 mg IV | 🩶 日本ではPONV予防は適応外(臨床的には広く使用) |
オンダンセトロン | 手術終了時 | 4 mg IV | ✅ 2021年8月より静注製剤がPONVに保険適応 |
グラニセトロン | 手術終了時 | 1–3 mg IV | ✅ 2021年8月よりPONVに保険適用あり(オンダンセトロンと同様、治療目的) |
ドロペリドール | 終了時 | 0.625 mg IV | ⚠️ 国内では制吐適応なし(抗精神病薬)/QT延長注意 |
ハロペリドール | 終了時 | 0.5–1 mg IV | ⚠️ PONV適応外だが使用報告あり |
アプレピタント | 導入時 | 40 mg 経口 | ✅ がん化学療法用として保険適応あり/周術期は適応外使用 |
スコポラミンTTS | 前夜〜術前2時間 | 経皮 | ⚠️ 日本未承認(米国FDA承認) |
📎 ポイント
- 「世界的には多剤併用(2〜3剤)」が標準.
- 日本では5-HT₃RA+デキサメタゾン(適応外使用にはなりますが・・)の組合せがよく使われます.
- 添付文書と院内プロトコルを必ず確認しましょう.
🚨 Step4:もし吐いてしまったら(レスキュー)
予防してもPONVが出ることはあります.そのときの基本ルールとして,
- 予防で5-HT₃RA(例:オンダンセトロン)を使っていたら,レスキューはドロペリドールやハロペリドールなどへ.
- 予防がデキサメタゾンだけなら,5-HT₃RAを追加.
- 6時間以内は同じ薬の再投与は無効になりがち.
🇺🇸 米国では「アミスルプリド(Barhemsys)」が救済薬としてFDA承認されています(日本未承認).
🕒 Step 5:退院後のPONV(PDNV)にも注意!
日帰り手術の患者さんで,帰宅後に「また吐いた」ということもあります.これをPDNV(Post-Discharge Nausea and Vomiting)と呼びます.
リスク因子は次の5つとされています.
- 女性
- 年齢50歳未満
- PONVまたは乗り物酔いの既往
- 回復室での悪心
- 回復室でのオピオイド使用
長時間作用型のパロノセトロンやアプレピタント,海外ではスコポラミンTTSなどが有効です.
日本ではPDNVへの明確な保険適応はないため,院内ガイドラインに準じて運用されます.
📝 まとめ(Take Home Points)
- 🧮 Apfelスコアでリスクを“数える”
- 🌿 TIVA+多模式鎮痛+補液でベースラインを下げる
- 💊 5-HT₃RA+デキサメタゾンが日本での実用的コンビ(※適応外)
- ⚡ 3点以上なら3剤併用+タイミング最適化
- 🚑 レスキューは“別クラス”の薬で!
📚 References & Further reading
- Gan TJ et al. Fourth Consensus Guidelines for the Management of PONV. Anesth Analg. 2020.
- Apfel CC et al. A simplified risk score for predicting PONV. Anesthesiology. 1999.
- Eberhart LHJ et al. POVOC: Pediatric risk score. Anesthesiology. 2004.
- Apfel CC et al. PDNV risk factors. Anesth Analg. 2012.
- Elvir-Lazo OL, White PF. TIVA and PONV reduction. Anesth Analg. 2020.
- 日本麻酔科学会:周術期管理チームテキスト第4版, PONV章.
- 各種添付文書
🇯🇵 vs 🌎 日本と海外の違いまとめ
項目 | 日本 | 海外(米国・欧州) |
---|---|---|
ガイドライン | 明確な国内統一指針なし(各施設対応) | 2020年Fourth Consensusが標準 |
5-HT₃RA | 近年承認されて,広く使用されている. | オンダンセトロン中心 |
デキサメタゾン | 適応外使用(実際には広く使用されている) | 標準的に使用推奨 |
NK1受容体拮抗薬 | アプレピタントは適応外(抗がん用) | 周術期にも正式適応 |
スコポラミンTTS | 未承認 | FDA承認済み(術前貼付) |
ドロペリドール | QT延長で使用制限 | 低用量で推奨的利用あり |
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