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♦️ はじめに
抜管直後,患者さんが突然激しく咳き込み始めました.努力呼吸が目立ち,SpO2はみるみる低下.胸郭は動いているのに換気音がほとんど聞こえません――ひょっとして喉頭痙攣?🤔
麻酔科医や手術室看護師さんにとって,喉頭痙攣はそう頻繁に起こるわけではないですが,緊急性の比較的高い気道合併症の一つです.発生すれば低酸素が急速に進み,対処を誤れば重篤な転帰につながる可能性があります.
全身麻酔症例の100人に1人から5人程度で発生すると報告され、特に小児(英国の研究では小児の1.1%)や特定のハイリスク群では頻度がさらに上がります.
この記事では,麻酔科研修医や周術期管理に関わる看護師さんたちに向けて,喉頭痙攣の最新エビデンスと実践的アプローチを,現場で使いやすい形で整理します😊👍
♦️ そもそも喉頭痙攣とは?
🔷 定義
喉頭痙攣は,喉頭の筋肉が過度に持続収縮し,気道が閉塞してしまう状態です.本来は気道への異物(分泌物,血液,胃内容物など)の侵入を防ぐ防御反射ですが,過剰かつ持続的に発現すると病的になります.
この反射には2つの神経経路が関わります.喉頭(特に声門上部)の刺激を脳へ伝える感覚神経(上喉頭神経内枝)と,声帯閉鎖筋へ命令を送る運動神経(反回神経)です.反回神経が外側輪状披裂筋などを過剰収縮させることで,声帯が閉じたままになってしまいます.
🎓 試験対策: 喉頭痙攣の定義と関与する神経を正確に記述できるようにしましょう。
🔷 いつ,どんな患者さんに起きやすい?🤔
喉頭痙攣が「いつ」「誰に」起こりやすいかを押さえることが,予防の第一歩です.
◆ 発生頻度とタイミング⏰
- 発生率: 全身麻酔を受けた患者さんの100人に1人から5人程度で報告.小児の選択的手術ではさらに上昇する傾向があります.
- タイミング: 麻酔の浅い時期,つまり導入時と覚醒時(特に抜管時)に最も多く発生します.この時間帯が気道反射が最も亢進する時間帯です.
◆ 主要リスク因子
リスク因子は「患者側・手術側・麻酔側」の3カテゴリに分けて考えましょう😊
患者関連
- 1歳未満の乳児(相対リスク 4.9-5.6)や小児(若年者>高齢者)
- 直近2週間以内の上気道感染
- 喘息の既往
- 胃食道逆流症(GERD)
- 肥満・睡眠時無呼吸手術関連• 扁桃摘出術・アデノイド切除術
手術因子
- 気管支鏡検査
- 上部消化管内視鏡麻酔関連
麻酔関連因子
- 浅い麻酔深度
- 気道内の分泌物・血液
- 刺激性の強い吸入麻酔薬の使用
- 麻酔科医の経験不足
🇯🇵 補足: 海外文献ではデスフルランが高リスクとされていますが,セボフルランでも浅い麻酔深度では気道反射が起こりやすいため注意が必要です.
🏥 ポイント: 直近2週間以内に上気道感染の既往がある小児はリスクが著しく高く,選択的手術であれば延期を真剣に検討しましょう.
♦️ 喉頭痙攣発生!?症状と判断
診断は特徴的な所見の認識が鍵です.迷ったときは「音・動き・酸素化・カプノ」の4点で整理👍.
🔷 臨床症状と診断
🔸 初期症状:
- 吸気性喘鳴(Stridor)
- 努力呼吸
- 奇異性呼吸(シーソー呼吸)
- 進行すると酸素飽和度が急速に低下⤵️
🔸 完全閉塞になると・・・
- 換気不能(用手換気で胸が上がらない)
- 聴診での「静寂胸部(Silent Chest)」
- カプノグラム(EtCO2)波形の消失
🔷 重篤な合併症
対応が遅れると,以下の合併症が起こり得ます⚠️
- 陰圧性肺水腫(NPPE): 約4%(25人に1人)
- 徐脈: 約6%
- 誤嚥: 約3%
- 心停止: 約0.5%
♦️ 発生時の対応
喉頭痙攣発生!!
↓
【Step 1】刺激除去 + 下顎挙上 + 100% O2 CPAP
↓ 解除しない
【Step 2】プロポフォール 0.25-0.8 mg/kg
↓ 解除しない or 低酸素進行
【Step 3】筋弛緩薬投与(多くはここまでで改善)
↓ それでも換気不能
【Step 4】緊急気道確保(輪状甲状間膜切開)
🔷 Step 1: 刺激の除去と初期気道介入
- まず応援を呼びます.
- 刺激の除去: 外科的操作(あれば)を速やかに中止.気道内の分泌物・血液が原因なら迅速に吸引します.
- 気道確保: 下顎挙上,下顎後方牽引を実施.
- 100%酸素によるCPAP: フェイスマスクで100%酸素を用い,持続陽圧(CPAP)を付加します.必要に応じて穏やかな陽圧換気(IPPV)を試みます.
🔷 Step 2: 麻酔を深くする
Step 1で解除できない場合は麻酔深度を深めます.
- プロポフォール: 通常の麻酔導入量より少ない0.25~0.8 mg/kg程度を静注します.多くの症例(ある報告では77%)はこの段階で解除されます.
🔷 Step 3: 筋弛緩薬の投与
Step 2でも解除されない,または低酸素が急速に進む場合は,スキサメトニウムやロクロニウムを用いて直ちに筋弛緩薬を用います.
- スキサメトニウムの投与
🌐 国際的な推奨: 0.1 mg/kgの少量投与が推奨されることがあります。自発呼吸を温存しつつ喉頭筋の弛緩を得る狙いです。
🇯🇵 日本での一般的な使用: 1–1.5 mg/kgを投与することが多く、投与後は気管挿管で確実な気道確保と換気を優先します。少量投与は施設プロトコルに従ってください。 - 代替薬: スキサメトニウム禁忌(悪性高熱症、高K血症リスクなど)の場合や,ロクロニウム 0.6–1.0 mg/kgを投与して気管挿管します.スガマデクス(ブリディオン®)で拮抗可能ですし.
♦️ Step 4: 最終的な気道確保
筋弛緩後も換気・挿管が不可能なCICO(Can’t Intubate, Can’t Oxygenate)に陥った場合は,緊急気道確保(輪状甲状間膜切開や気管切開)の準備・実施を行います・・!
🚨 解除後の管理
解除後も油断は禁物です.強い閉塞に対して無理な吸気努力が続いた場合は陰圧性肺水腫(NPPE)のリスクがあります.
- NPPEの発生機序: 閉塞下で強い吸気努力が続くと胸腔内陰圧(−50 cmH₂O以下)が生じ,肺毛細血管から肺胞内へ液体が漏出して肺水腫を起こします.
- 経過観察: 最低2〜3時間はPACU(やHCU,ICU等)で観察を行いましょう.呼吸数,SpO₂,呼吸音を中心に,必要に応じて胸部X線で評価します.
♦️ 起こさせないために
最善の治療は予防です.薬物的・手技的の両輪で備えましょう.
🔷 薬物的予防
- プロポフォールによる導入: 吸入導入に比べて喉頭反射を抑えやすく,特に喘息を持つ小児では有用です.
- リドカイン: 抜管2分前に 1~2 mg/kg IVで気道反射を抑制します.
- 硫酸マグネシウム
🔷 手技的な予防方法
- 徹底した吸引: 抜管前に気道内・咽頭の分泌物や血液を確実に除去します。
- “No-touch” 抜管: 麻酔が十分に深いか(深麻酔下抜管)あるいは十分に覚醒して開眼・従命可能な状態で抜管します.最も反射が亢進する「浅い」麻酔深度での抜管は避けます.
🏥 臨床現場での実際
患者説明のポイント:
- リスクが高い患者さん(特に小児の上気道感染後など)には,術前に起こりうる合併症として説明しておきます。
- 「一時的に呼吸がしにくくなることがありますが,適切な処置で対応できます」といった.過度に不安を与えない表現を心がけます.
チームでの準備:
- ハイリスク患者では,抜管時に応援を予め呼んでおきましょう😊
- 筋弛緩薬や緊急気道確保器具はすぐ使える状態にしておきましょう.
📝 まとめ:重要ポイント
🔑 Key Points
- 病態: 上喉頭神経(感覚)と反回神経(運動)を介した防御反射の過剰反応
- 頻度: 全身麻酔の100人に1~5人,導入・覚醒時に多い
- リスク: 1歳未満と直近2週間以内の上気道感染が最大リスク
- 診断: 吸気性喘鳴,奇異性呼吸,換気不能,SpO₂低下で判断
- アルゴリズム
- ①刺激除去+下顎挙上+CPAP → ②プロポフォール 0.25–0.8 mg/kg → ③筋弛緩薬 → ④気管挿管・緊急気道確保
- 筋弛緩薬: スキサメトニウム 1–1.5 mg/kgやロクロニウム投与後に挿管
- 重篤な合併症: NPPE(4%)、徐脈(6%)、心停止(0.5%) など
- 予防: リドカイン 1–2 mg/kg(抜管2分前),確実な吸引,”No-touch”抜管
📚 References & Further reading
- Silva CR. Comprehensive Review of Laryngospasm. WFSA Resources. 2020. Available from: https://resources.wfsahq.org/wp-content/uploads/New-Update-35-Laryngospasm.pdf [Open Access]
- Hernández-Cortez E. Update on the Management of Laryngospasm. Cirugía y Cirujanos. 2018;86(3):285-292. Available from: http://www.scielo.org.mx/scielo.php?script=sci_arttext&pid=S2448-87712018000200012 [Open Access]
- NYSORA. Laryngospasm. NYSORA Knowledge Base. 2023. Available from: https://www.nysora.com/anesthesia/laryngospasm/ [Open Access]
- Michelet D, Truchot J, Piot MA, Drummond D, Ceccaldi PF, Plaisance P, Tesnière A, Dahmani S. Perioperative laryngospasm management in paediatrics: simulation study. BMJ Simul Technol Enhanc Learn. 2018;5(3):161-166. doi:10.1136/bmjstel-2018-000364. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8936795/ [Open Access]
- Engelhardt T, Ayansina D, Bell GT, et al. Incidence of severe critical events in paediatric anaesthesia in the United Kingdom: secondary analysis of the anaesthesia practice in children observational trial (APRICOT study). Anaesthesia. 2018
