🌍 吸入麻酔って,“地球に優しくない”?😳 ~吸入麻酔薬と環境への影響~

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♦️ はじめに

「吸入麻酔薬が環境に悪影響を与えている」と聞くと,初めて知る人は驚くかもしれません😳.病院という場は患者さんの健康を守る場所ですが,その医療行為自体が温室効果ガスを放出し,地球環境に(かなり限定的ではあるものの)影響を与えていることはあまり知られていません(実際は全体の0.01〜0.1%程度の寄与).

 特に手術室(Operating Room: OR)は病院全体のエネルギー消費や温室効果ガス排出の“ホットスポット”とも言われています.影響は少ないものの,医療者自身が日々の実践で選択できる領域であることから,EUではデスフルランの使用禁止(2026年〜)などの法制度による対応がとられるようになってきています🌍.ちなみに,麻酔領域の亜酸化窒素消費はわずかで,ほとんどは工業用です 🏭


♦️キーワード整理と麻酔薬

🔷 基本のキーワードを整理 ☝️

  • GWP(Global Warming Potential, 地球温暖化係数)
     これは「100年間でどの程度温暖化効果をもたらすか」をCO₂=1として比較した指標.数字が大きいほど温暖化に寄与します.
  • 大気寿命
     物質が大気中にどれくらいの期間残るのかを示す指標.数年から数百年と幅があり,寿命が長いほど環境に与える累積影響が大きくなります.
  • ODP(Ozone Depletion Potential, オゾン破壊係数)
     成層圏のオゾン層を破壊する可能性を示す尺度です.特に亜酸化窒素(N₂O)は,温室効果だけでなくオゾン層破壊作用も持つため,二重の意味で問題となります.

🔷 各麻酔薬の環境影響データ💻

代表的な吸入麻酔薬とN₂O(ガス麻酔薬)を比較すると,次のようになります.

  • セボフルラン
    • GWPが約130と比較的低く,大気寿命も1年程度と短いのが特徴.そのため「環境負荷が少ない薬」と位置づけられています.一番環境にやさしい?!
  • イソフルラン
    • はGWPが510程度で,セボより高く,寿命も約3年とやや長めです.
  • デスフルラン
    • 上の二つとは桁違いで,GWPは約2540,大気寿命は14年程度.環境影響が突出して大きく,国際的には廃止の方向にあります(日本は発売してそれほど経ってないんですけど・・😅)
  • 亜酸化窒素(N₂O)
    • GWPは273と中等度ですが,大気寿命が110年以上と非常に長く,さらにオゾン層破壊の主犯格でもあることから,「長期的にもっとも問題が大きい麻酔関連ガス」と考えられています.

☝️ Note:揮発性麻酔薬とガス麻酔薬の違い

揮発性麻酔薬:専用の気化器で,液体を蒸気にして使う(セボ、デス、イソ).
✅ ガス麻酔薬最初から気体なのでそのまま使える(N₂O).

🔷 実際の排出量イメージ

 ある研究では「1 MAC・低流量(0.5 L/min)・1時間あたりのCO₂換算排出量」を次のように算出しています.

  • セボフルラン:約0.6 kgCO₂e
  • イソフルラン:約1.4 kgCO₂e
  • デスフルラン:約34 kgCO₂e
  • N₂O:約16 kgCO₂e

 つまり,デスフルランはセボフルランの約58倍,N₂Oはセボの25倍以上の温暖化効果を持つことになります.これは「たった1時間の麻酔」で、自動車を数百km走らせたのと同じ排出量に匹敵するレベルとされています🚗😳


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♦️ 麻酔薬ごとの問題点

🔷 亜酸化窒素(N₂O)の特有の問題点

 亜酸化窒素は少し事情が特殊です.単に温暖化係数が中等度というだけでなく,以下のような問題があります。

  • オゾン層破壊物質であること🌍🔨
     2009年にScience誌で「21世紀最大のオゾン破壊物質」と報告されて以来、N₂Oは二重の意味で警戒されるようになりました。
  • 配管からの漏洩が多いこと🚰
     N₂Oは中央配管方式で供給されることが多いのですが,監査報告によると70〜95%が漏れているという驚くべき数字が示されています.つまり,患者に使うよりも漏れている方が多い,という施設があるとのことです.日本でも状況を明らかにするため,全国調査が開始されています.
  • 対策技術の普及👍
     最近は破壊装置(cracking device)を導入する施設もあり,99%以上を分解できるとされています(コストはかかる).また,亜酸化窒素配管そのものを撤去し,必要な場面(産科・歯科・救外など)ではシリンダー運用に切り替える方針も進んでいます.新しい病院ではすでに設計段階でないこともあります.

🔷 揮発性麻酔薬(セボ・イソ・デスフルラン)

 揮発性麻酔薬の中では,デスフルランの環境負荷が突出しています.
 EUでは2026年1月からデスフルランの使用が原則禁止となり,イギリスNHSではすでに2024年から使用が中止されました.今後,世界的にデスフルランを臨床で使う機会は減っていくと思われます.

 一方,セボフルランやイソフルランは引き続き使用されていますが,ここで注目されるのは「低流量麻酔」です(もちろんデスフルランでも有効).
 新鮮ガス流量を減らせば減らすほど,薬剤消費量と環境への放出量は減少します.維持期は
1〜1.5 L/min以下,場合によっては0.5 L/minでの運用がなされますが,特有の注意点もあります(今後特集予定).
 
 なお、セボフルランに関しては「低流量で腎毒性のリスクがある」と言われてきましたが,近年の報告では低流量でも臨床的に有害な腎障害を示さないとされつつあります😊


🔷 臨床でできる工夫☝️

 私たち麻酔科医や周術期管理チームが,実際にできることとしては以下のことが挙げられます.

  • デスフルランは基本的に使わない(メーカーには申し訳ないけど😅).
  • N₂Oは原則使用しない.もし必要であれば配管ではなくシリンダー使用を検討.
  • 吸入麻酔を行う場合,低流量麻酔を標準にする.
  • TIVAや区域麻酔の積極的利用.吸入麻酔薬を使わない選択肢を検討.
  • ガス回収や破壊装置の導入.環境負荷を直接削減できる.
  • 施設全体での取り組み。特にN₂O配管の監査や廃止は,個人の努力ではなく組織的な対策が必要です.


📝 まとめ(Take Home Points)

  • デスフルランとN₂Oは環境への影響が大きく,使用を避けることが望ましい(世界的な潮流に?)
  • 吸入麻酔を行う場合,環境の観点からは,低流量麻酔はすぐに実践でき,効果的に排出を減らす手段である.
  • TIVA、区域麻酔など,吸入麻酔を使用しない麻酔法を考慮する.
  • 施設単位でN₂O配管を廃止し,必要時にはシリンダーや破壊装置を用いるなどの方策がある.

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