♦️ おそろしい高血圧 😨
ほとんど症状がないため,別名「サイレントキラー」とも呼ばれる高血圧症.万病のもととも呼ばれ,気がつかないうちに色々な臓器障害やそれにともなう病気の原因にもなります.例えば・・
- 脳血管障害:くも膜下出血,脳出血,脳梗塞 etc…
- 心血管障害:心筋梗塞,大動脈解離,心肥大,心不全,不整脈(心房細動など) etc…
- 腎臓:腎機能障害 etc…
血圧が少し高いからといって,なんでもかんでも数値を正常化するために,高血圧治療薬を服用するなんてことは正義とは言えませんが,さすがに180〜/110〜mmHgなんていう血圧をずっと放置しておくと,非常にまずいですね.
高血圧に関する詳細な情報はほかの専門医の先生のサイトにゆずるとして,ここでは高血圧患者さんに麻酔をかける上でどのような注意が必要かを確認していきましょう.
♦️ 内服薬の影響 💊
高血圧患者さんは主に以下の種類の内服薬を飲まれていることが多いです.よく聞く薬ですよね.
- カルシウム拮抗薬(アムロジン®,ジルチアゼム®など)
- アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬:ARB(ロサルタン®など)
- アンギオテンシン変換酵素阻害薬:ACE(エナラプリル®など)
- β遮断薬(メインテート®,アーチスト®など)
虚血性心疾患や不整脈をもっている患者さんはさらに増えます.
β遮断薬は心拍数を下げる作用があります.現在用いられている主要な麻酔薬,特に麻薬性鎮痛薬であるレミフェンタニルは徐脈傾向になるので,心拍数の過剰な低下に注意する必要があります.
β遮断薬は急に中止することで,急な高血圧や心筋虚血を生じる場合がある(反跳性高血圧と呼ばれる)ので,原則として継続します.
ほかに心拍数を有意に下げる麻酔薬としては,主に軽めの鎮静に用いられるデクスメデトミジン(プレセデックス®)があります.
また,ACEやARBは内服を継続している場合,麻酔中に血圧が高度に低下することがあるとされています.そのため多くの施設では「手術当日は中止」としていますが,ガイドラインや施設によっては継続を容認する場合もあり,実際の対応は施設の方針に従う必要があります.一方,カルシウム拮抗薬は当日も服用することが一般的です.
♦️ 麻酔時の注意点
🔷 問題は血圧が高いこと,自体ではない
あくまで手術室の中にいるだけの時間に限って言えば,血圧が高いこと自体は別に大したことではありません.問題は,”今までずっと血圧が高かったこと”です.⬇️
🔷 大事な臓器血流量の自動調節能とは・・・
体の中にある臓器は,一部の臓器を除いて,その臓器を流れる血液の量を調節するという機能をもっており,これを血流の自動調節能と呼びます.これがあるおかげで,少々血圧が下がっても臓器が虚血でだめになったり,逆に上がってもいきなりその臓器が傷んでしまうということがないように出来ています.
☝️ 補足:特に脳・腎臓・心臓などでこの自動調節能は重要ですが,すべての臓器に完全に備わっているわけではありません.
その血流が自動的に調節されるのにはある一定の範囲がありますが,高血圧患者さんではその範囲が高いほうにずれている,という特徴があります.要は,その高い血圧に臓器が慣れてしまっているということですが,図にすると以下のようになります.

健常者では青と緑の部分で血流が保たれますが,慢性高血圧患者では緑と黄色の部分が自動調節範囲になります.
「緑のチェック」に注目してください.その血圧で見た場合,高血圧患者では血流量が低下しています.つまり,健常者では十分許容できる血圧低下でも,高血圧患者では血流が低下しています.そのため低血圧が持続する場合,臓器の虚血障害を起こす可能性があるということになります.
上で挙げたように,高血圧患者さんは他の臓器,特に脳血管や心臓とその血管(冠動脈)に問題を抱えていることがよくあります.手術中は血圧が上がるよりも下がることのほうが一般的であるため,心筋虚血や脳虚血を生じる可能性が高まります.
☝️ ちなみに,十分にコントロールされた高血圧患者さんでは,この範囲が正常化すると言われています.
♦️ 術中の循環動態が不安定
手術室で働いたことがあれば肌感覚として持っていると思いますが,高血圧患者さん(特に高齢者)では,”血圧の変動が激しい”ですよね?(特に未治療の患者さんや,コントロールが不良の場合)
さっきまで血圧150mmHgあったのに,麻酔導入したとたん70mmHgまで落ちたとかよく見ると思います.そう,高血圧患者さんは,術中に使用する麻酔薬や循環作動薬に対して,血圧が大きく変動するという特徴があります.
対応が後手に回ると,いわゆる”ジェットコースター麻酔”と呼ばれる,急激な血圧上昇と血圧低下を繰り返す,なんてことが起こります.そしてそんなアップダウンは臓器にとっていいわけありませんよね?
📝 まとめ(Take Home Points)
以上,高血圧患者さんの麻酔の注意点について話してきました.合併症としては目立たない高血圧も,意外と怖いものです.
しっかりと病院にかかってコントロールされている場合はそれほどでもありませんが,服薬コンプライアンスが悪い患者さんや,いままで病院にかかっておらず(そういう人に限って病気したことないと言いますが😅)高血圧が放置されていた患者さんでは,手術中の血圧コントロールに難渋することがあります.次の手術ではぜひそういう目で患者さんのバイタルサインを見てみてください!👍
- 高血圧患者さんはいろんな内服薬を飲んでいて,それがバイタルサインに影響を与えることがある.
- ACE阻害薬・ARBは施設によっては当日中止するが,継続を容認する場合もあり,施設方針に従う必要がある.
- β遮断薬は原則として継続(急な中止は危険).
- 高血圧患者さんは臓器の自動調節能が高いほうに移動しているため,血圧低下による臓器障害を生じやすい.
- 高血圧には,併存する疾患が多い(心臓や脳血管)ため注意が必要.
- 高血圧患者さんは手術中の血圧の変動が大きくなりやすい.
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📚 References & Further reading
- 2022 ESC Guidelines on cardiovascular assessment and management of patients undergoing non-cardiac surgery European Heart Journal. 2022;43(39):3826-3924. https://academic.oup.com/eurheartj/article/43/39/3826/6674438
※非心臓手術における心血管評価・管理の欧州ガイドライン.ACE/ARB中止に関しての議論も含む. - 2023 AHA/ACC/ACS/ASNC/HRS/SCA/SCCT/SCMR Guideline for Perioperative Cardiovascular Management for Noncardiac Surgery Circulation. 2023;148:e369–e467.
※米国版の周術期心血管管理ガイドライン.ACE/ARB継続 vs 中止の議論が明記されている.
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