症例設定
【患者】
- 65歳男性.172cm,82kg(BMI 27.7)
【現病歴】
- 3か月前から複視,眼瞼下垂,易疲労感が出現した.1か月前から四肢近位筋の脱力も自覚し,神経内科を受診した.抗AChR抗体陽性で重症筋無力症と診断された.
- 胸部CTで前縦隔に最大径45mmの腫瘤を認め,胸腺腫が疑われた.気管,大血管,心膜への明らかな浸潤・圧迫は認めない.
- プレドニゾロン10mg/日とピリドスチグミン180mg/日が開始され,症状は改善傾向にある.MGFA分類IIa,QMGスコア10点である.軽度の嚥下時違和感はあるが,明らかな誤嚥歴やクリーゼ歴はない.
- 両側胸腔鏡下拡大胸腺摘出術が予定された.体位は仰臥位で,術野確保のためCO₂送気を併用し,左右の肺虚脱を切り替えながら手術を行う予定である.
【既往歴】
- 高血圧症(10年前〜):アムロジピン5mg/日
- 2型糖尿病(8年前〜):メトホルミン500mg/日,HbA1c 7.2%
- 喫煙歴:20本/日×45年(現在も継続)
【主な検査所見・バイタルサインなど】
バイタルサイン:BP 148/85 mmHg,HR 78/min,RR 16/min,SpO₂ 95%(室内気)
血液検査:
- 血算:WBC 6,800/μL,Hb 14.2g/dL,Plt 22.5万/μL
- 生化学:AST 28 U/L,ALT 32 U/L,Cre 0.81 mg/dL,BUN 18 mg/dL,Na 140 mEq/L,K 4.1 mEq/L,Cl 102 mEq/L,Glu 132 mg/dL
- 凝固:PT-INR 1.02,APTT 32秒
心電図:洞調律,特記すべき異常所見なし
胸部X線:前縦隔の腫瘤陰影,軽度肺気腫変化
胸部CT:前縦隔に45×38×32mm大の境界明瞭な腫瘤.気管・血管への明らかな浸潤所見はない.
呼吸機能検査:FVC 3.25L(予測値の82%),FEV1 2.15L(FEV1/FVC 66%),拡散能72%
血液ガス分析(室内気):pH 7.42,PaO₂ 75 mmHg,PaCO₂ 38 mmHg,HCO₃⁻ 24 mEq/L,BE 0.5 mEq/L
術前QMGスコア:10点(眼症状3点,球症状1点,四肢・体幹筋力6点)
Q1. 本症例の術前評価と周術期計画について説明してください.
- まず,MGの重症度,症状の安定性,球症状・呼吸筋症状,クリーゼ歴,治療内容を確認します.本症例ではMGFA IIaですが,軽度の球症状があり,胸腺腫,肥満傾向,COPDも合併しているため,術後呼吸不全に注意します.
- FVC,MIP,MEPを術前基準値として記録し,術後人工呼吸管理の可能性を患者に説明します.手術はMG症状が安定した状態で行い,神経内科と術前薬,術後再開時期,クリーゼ発生時の治療方針を共有します.
- プレドニゾロンは手術当日も通常量を継続します.10mg/日を約1か月使用しており,副腎機能抑制の可能性があるため,全身麻酔と術後絶食に対応した非経口ヒドロコルチゾン補充を行います.具体的な投与量は施設プロトコルに従い,経口摂取再開後は速やかに通常量へ戻します.
- 術後は一般病棟へ直接帰室させず,呼吸筋力,球症状,排痰能力を継続評価できる術後回復室またはICUで管理します.
🔍 追加で聞かれたら
- 抗AChR抗体価だけで周術期リスクを判断しません.
- 球症状,クリーゼ歴,MGの重症度,肺活量低下は術後人工呼吸・クリーゼのリスク評価で重要です.
- COPD,喫煙継続,肥満傾向は呼吸予備能を低下させます.
- 過度の鎮静前投薬は避けます.
- 胸部CTで気道・大血管圧迫がないことを確認します.
- ステロイド補充中は血糖,感染,電解質を監視します.
補足・解説
- 2024年ESE/Endocrine Societyガイドラインでは,全身麻酔と術後絶食を伴う手術の一例として,ヒドロコルチゾン100mgを導入時に投与し,その後200mg/日を持続投与または分割投与する方法が示されています.ただし,より少ない補充量を用いる施設もあり,患者の循環動態,手術侵襲,絶食期間,血糖を踏まえて調整します.
Q2. 手術当日のピリドスチグミンをどのように管理しますか.
- 抗コリンエステラーゼ薬は原則として手術直前まで継続します.本症例でも手術当日朝のピリドスチグミンを内服させます.中止による筋力低下を避けるためです.
- 麻酔中の定型的な追加投与は行わず,最終内服時刻と投与量を把握します.術後は呼吸状態,嚥下機能,分泌物量を確認し,経口投与可能になり次第再開します.
- 長期間経口投与できない場合は,海外文献にある静注換算をそのまま用いず,神経内科と薬剤部に国内で実施可能な対応を確認します.
🔍 追加で聞かれたら
- ピリドスチグミンの継続により,筋弛緩薬への反応が変化する可能性があります.
- 長時間手術,術後挿管予定,著しい分泌物増加などがある場合は,神経内科を含めて個別に調整します.
- 挿管管理中は,気道分泌物,徐脈,筋力評価,抜管計画を踏まえ,減量または一時中断を検討することがあります.
- 抗コリンエステラーゼ薬は手術直前まで継続し,麻酔中は中断,術後早期に再開することが国際コンセンサスで推奨されています.
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