症例設定
【患者】
- 34歳女性,158 cm/68 kg(非妊娠時 50 kg,BMI 27.2),G2P1,O型 Rh(+)
【現病歴】
- 前回妊娠(4年前)は妊娠高血圧症候群のため妊娠38週で計画的帝王切開術が施行された.今回の妊娠経過は順調であったが,妊娠32週頃から血圧上昇を認め,重症妊娠高血圧腎症の診断でニフェジピンCR内服が開始された.
- 2日前から頭痛・右上腹部痛・全身倦怠感・悪心を認めていたが我慢していた.本日朝より症状が増悪し,嘔吐も出現したため産科外来を受診.
- BP 184/110 mmHg,尿蛋白 (3+),血液検査でHELLP症候群を疑う所見を認め,産科ICUへ緊急入院となった.降圧薬調整と硫酸マグネシウム持続静注が開始され,現在は入院から約12時間が経過している.
【既往歴】
- 前回妊娠時のHDP(計画的帝切で母児ともに合併症なく退院),他特記事項なし
【産科歴】
- G2P1(前回 妊娠38週・計画的帝王切開)
【服用中/投与中薬剤】
- ニフェジピンCR 40 mg 1日1回(入院後はニカルジピン持続静注 1〜2 mg/h に変更)
- 硫酸マグネシウム持続静注(負荷 4g/20分 → 維持 2g/h,現在も継続中)
【主な検査所見・バイタルサイン】
バイタルサイン
- 入院時:BP 184/110 mmHg → 降圧治療開始後の現在 174/105 mmHg
- HR 110 /分,RR 22 /分,SpO₂ 96%(room air),体温 37.2℃
採血データなど
- WBC 14,500 /μL, Hb 10.5 g/dL, Ht 30.2%, 血小板 55,000 /μL
- T-Bil 4.8 mg/dL(間接ビリルビン 3.2 mg/dL)AST 1200 IU/L,ALT 950 IU/L, LDH 1500 IU/L
- BUN 22 mg/dL,Cr 1.2 mg/dL(妊婦としては高値)
- Na 138 mEq/L,K 4.0 mEq/L,Cl 102 mEq/L,Mg 4.2 mEq/L(治療域)
- PT-INR 1.3, APTT 42秒, フィブリノゲン 180 mg/dL, FDP 18 μg/mL, D-dimer 6.5 μg/mL
- 尿検査:蛋白(3+),潜血(+)
- 末梢血像:破砕赤血球(+),ハプトグロビン低下
画像所見
- 胸部X線:両側下肺野にうっすらと浸潤影(軽度)
- 心電図:洞性頻脈,その他に異常所見なし
- 胎児超音波:推定体重2000g,羊水量正常,胎位は頭位
- 胎児心拍数陣痛図:基線細変動は保たれているが,時折変動一過性徐脈を認める
身体所見・診察所見など
- 気道評価:Mallampati分類 Class II,開口制限なし,頸部伸展制限なし
- 顔面浮腫 (+),眼瞼結膜浮腫 (+),口腔内・舌の浮腫 (+)
- 下肢に著明な浮腫,右上腹部に強い圧痛
- 神経学的所見:意識清明,深部腱反射保たれる,視覚異常なし
⏩【経過】
- 入院から約12時間後の夜間,胎児心拍数陣痛図で遷延一過性徐脈が出現した.産科医からは「緊急帝王切開で急ぎたい」と申し出があった.硫酸マグネシウム持続静注は継続中.頭痛は軽快しているが右上腹部痛と倦怠感は持続している.
Q1. 症状と検査所見から何を疑いますか?鑑別診断とともに述べてください.
▶ 疑う疾患・病態
- 重症妊娠高血圧腎症(重症HDP)を背景としたHELLP症候群を強く疑います.加えて,産科DICの合併または進行にも注意します.
▶ 診断の根拠
- 重症HDPとして,収縮期160 mmHg以上または拡張期110 mmHg以上の重症高血圧,尿蛋白 (3+),頭痛・右上腹部痛・悪心・嘔吐などの子癇前駆症状を認めること.
- また,肝酵素上昇,Cr 1.2 mg/dL,血小板減少があり,臓器障害を伴っていること.
- HELLP症候群については,溶血,肝酵素上昇,血小板減少の三徴を満たします.
- 間接ビリルビン上昇,LDH 1,500 IU/L,破砕赤血球,ハプトグロビン低下から溶血が示唆され,AST 1,200 IU/L,ALT 950 IU/L と高度の肝酵素上昇を認めます.血小板は5.5万/μLと低下しています.
- PT-INR 1.3,APTT 42秒,Fib 180 mg/dL,FDP 18 μg/mL,D-dimer 6.5 μg/mLであり,日本産婦人科・新生児血液学会の産科DIC診断基準に照らして凝固・線溶異常を認めます.
- Fib 180 mg/dLは,妊婦としては相対的に低値であり,産科危機的出血対応指針2022で重視されるFib <150 mg/dLの一歩手前です.
▶ 他の鑑別診断
- 急性妊娠脂肪肝(AFLP),TTP/HUS,劇症肝炎・ウイルス性肝炎,加重型HDPや子癇前症等を考慮します.
- AFLPでは黄疸,低血糖,凝固障害が前面に出ることがあり,HELLPと臨床的に重複します.
- TTP/HUSでは神経症状や急性腎障害が前面に出やすく,TTPではADAMTS13活性低下が鑑別に有用です.
- 肝炎は肝炎ウイルスマーカー,凝固能,低血糖,臨床経過から鑑別します.
補足・解説
- HELLPは妊娠高血圧腎症の重症型ですが,約15〜20%は典型的高血圧や蛋白尿を伴わないことがあり,上腹部痛・倦怠感などの症状があれば血圧正常でも除外できません.
Q2. 本症例(重症HDP)の降圧目標と,使用される降圧薬について具体的に説明してください.
▶ 降圧治療の目的
- 急性重症高血圧域(≧160/110 mmHg)を脱して,母体の脳出血・子癇を防ぐことが主目的です.正常化を急がず,母体脳出血予防と子宮胎盤血流維持のバランスを取ります.
▶ 降圧目安
- 目安は,収縮期140〜150 mmHg程度,拡張期90〜100 mmHg程度です.
- 重症域を脱することが目的であり,急激な過降圧は胎盤血流低下や母体脳灌流低下を招くため避けます.
▶ 使用される降圧薬
- 急性期には,ニカルジピン持続静注,ヒドララジン静注,ラベタロール,ニフェジピン即効型,ニトログリセリンなどを状況に応じて用います.
- 本症例では,すでにニフェジピンCRからニカルジピン持続静注へ変更されています.
- ニカルジピンは調節性に優れていますが,頻脈や過度の降圧に注意が必要です.
- ニトログリセリンは肺水腫合併時に有用です.
補足・解説
- 注意点として,硫酸マグネシウム併用下ではニカルジピンなどの降圧薬により過度の血圧低下を来すことがあります.
- また,HDPではメチルエルゴメトリンは血圧異常上昇を招くため禁忌です.
- ニフェジピンCRは徐放製剤であり,急性期降圧には不適です.
- 使用薬剤や用量は施設の採用薬と産科プロトコルに従います(外勤先では事前に確認しておきましょう☝️).
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