症例設定
【患者】
- 72歳女性.152cm,78kg(BMI33.8)
【現病歴】
- 10年来の両膝変形性関節症。右膝痛が増悪し、歩行困難となり右TKA予定。保存的治療(消炎鎮痛剤、ヒアルロン酸注入)で疼痛コントロール不良。
【既往歴】
- 高血圧症(20年前から)
- 2型糖尿病(15年前から)
- COPD(10年前から、喫煙歴40本/日×50年、5年前に禁煙)
- 心房細動(8年前から)
- 慢性腎臓病(eGFR 45 mL/min/1.73m²)
【服用中薬剤】
- アムロジピン 5mg 1×朝食後
- カンデサルタン 8mg 1×朝食後
- メトホルミン 500mg 2×朝夕食後
- シタグリプチン 50mg 1×朝食後
- アピキサバン 2.5mg 2×朝夕食後(通常5mg 2回だが腎機能低下で減量)
- チオトロピウム吸入 1回/日
- ロキソプロフェン 60mg 3×毎食後(頓服として使用)
【主な検査所見・バイタルサインなど】
身体所見
- 意識清明、BMI 33.8(肥満)
- 右膝:腫脹あり、可動域制限(伸展-10°、屈曲100°)、歩行時痛あり
- 胸部聴診:呼気時wheeze軽度
- 下腿浮腫:両側軽度あり
- 肺音:両下肺野でcoarse crackles
- Mallampati分類 ClassⅢ、開口制限なし、頸部後屈制限軽度
バイタルサイン
- 血圧 148/88 mmHg、HR 82/分(不整)、RR 18/分、SpO₂ 94%(room air)、体温 36.5℃
血液検査
- Hb 11.2g/dL、Ht 34.0%、WBC 7,200/μL、Plt 21.5万/μL
- TP 6.5g/dL、Alb 3.7g/dL
- AST 28U/L、ALT 24U/L
- BUN 28mg/dL、Cr 1.1mg/dL、eGFR 45mL/min/1.73m²
- Na 138mEq/L、K 4.8mEq/L、Cl 105mEq/L
- 血糖 142mg/dL、HbA1c 7.1%
- PT-INR 1.2、APTT 32秒、D-dimer 1.2μg/mL(基準値 <1.0)
検査所見
- 心電図:心房細動、脈拍数78/分、異常Q波なし
- 胸部X線:CTR 56%、両側下肺野に軽度網状影、肺うっ血所見なし
- 肺機能検査:FVC 2.1L(予測値の72%)、FEV1 1.3L(予測値の56%)、FEV1% 62%
- 心臓超音波検査:左室駆出率(EF)55%、左房拡大(径45mm)、弁膜症なし、壁運動異常なし、E/e’ 13
- 下肢静脈エコー:右ヒラメ静脈に浮遊性のない壁在血栓あり(最大径5mm×10mm)
Q1. 本症例の術前評価において特に注意すべき点を説明してください。
- 循環器系:高血圧、心房細動、DVT。
- 呼吸器系:COPD
- 代謝系:糖尿病、肥満
- 腎機能(CKD stage 3b)のリスクがそれぞれあります.
- 循環器系では心房細動による塞栓症リスクと抗凝固薬管理,心不全リスク(E/e’ 13と軽度上昇、CTR 56%と心拡大)に注意。既知のDVTもあり,D-dimerも軽度上昇しているため,念のため造影CTをしておいたほうがいいかも。
- 呼吸器系ではCOPDによる呼吸機能低下(FEV1 56%予測値)と術後呼吸器合併症リスク。
- 代謝系では血糖コントロール(HbA1c 7.1%とやや不良)と肥満(BMI 33.8)による気道確保やその他の手技困難リスク。
- 腎機能低下(eGFR 45)に伴う薬剤投与量調整と周術期腎機能維持が重要になります。
- また、高齢・肥満・整形外科手術という静脈血栓塞栓症ハイリスク因子があり,予防のための対策が必要です.
Q2. 本症例の術後せん妄リスク評価と予防について説明してください
- 65歳以上,COPDや肥満による低酸素血症リスクがありますが,末梢神経ブロックや関節内カクテル注射などで十分な鎮痛を行うことができれば,せん妄発症リスクはそれほど高くないと考えられます。
- 術後は定期的なCAM(Confusion Assessment Method)などせん妄スケールによるせん妄評価を行い,早期発見に努めます。
補足・解説
- 術後せん妄のリスク因子は多岐にわたりますが,おおよそ以下の4つに大別できます.
- 患者因子として,高齢(65歳以上),認知機能障害,うつ状態,感覚障害,既往のせん妄歴が挙げられます.
- 薬剤関連因子として,ベンゾジアゼピン系薬剤,オピオイド,抗コリン薬の使用,常用薬の中断があります.
- 手術関連因子として,侵襲度(高侵襲でリスク),手術時間(長時間でリスク),出血量(出血量が多いとリスク)が関係します.
- 周術期管理因子として,疼痛コントロール(疼痛が強いとリスク),循環・呼吸動態,電解質バランス,栄養状態,睡眠環境が重要です.
- 特にICU環境下では,これらの因子が重複しやすく注意が必要です.
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