症例設定
【患者】
- 生後6週間の男児.体重3.8kg(出生児4.0kg)
【現病歴】
- 2週間前から哺乳後の非胆汁性嘔吐があり、徐々に頻度と程度が増悪。最近では噴出性嘔吐が見られ、哺乳量も減少。前日から活気低下あり、近医受診後に当院小児科へ紹介入院となった。
【既往歴】
- 正期産(40週0日)、経膣分娩。周産期の特記事項は特になし.
【主な検査所見・バイタルサインなど】
バイタルサイン
- HR 150/分、RR 40/分、SpO₂ 98%(room air)、体温 37.0℃
血液検査
- Hb 12.0g/dL、Plt 35.0万/μL、WBC 9,500/μL
- Na 132mEq/L、K 2.8mEq/L、Cl 88mEq/L、BUN 24mg/dL、Cr 0.45mg/dL、Glu 85mg/dL
- pH 7.52、PaCO₂ 48mmHg、PaO₂ 92mmHg、HCO₃⁻ 38mEq/L、BE +14
画像所見
- 腹部超音波検査:幽門筋厚 5mm、幽門管長 22mmと肥厚・延長あり
- 腹部単純X線:胃泡拡大、少量の腸管ガス像
身体所見
- 活気やや乏しい、体重減少、皮膚・粘膜の乾燥あり、眼窩陥凹(+)、大泉門軽度陥凹(+)、上腹部に腫瘤触知(オリーブサイン陽性)
Q1. 肥厚性幽門狭窄症の患児に特徴的な電解質・代謝異常と、その発生機序について説明してください。
- 代謝性アルカローシス、低カリウム血症、低ナトリウム血症、低クロール血症が特徴的な所見です.
- 発生機序は
- 幽門狭窄による嘔吐で胃酸(HCl)喪失→低Cl血症・代謝性アルカローシスが生じます。
- 嘔吐による脱水(低張性脱水)→循環血液量減少→レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系活性化→尿細管でNa⁺再吸収促進と同時にH⁺およびK⁺排泄増加→代謝性アルカローシスと低カリウム血症を悪化させます。
- 低ナトリウム血症は嘔吐によるNa⁺喪失と,低張性脱水に伴う二次的変化で発生します。
補足・解説
- この一連の変化を”逆説的酸性尿”と呼び、低カリウム血症を伴う代謝性アルカローシスの特徴となります。
Q2. 本症例の手術に対する麻酔前準備として適切な補正目標と方法を説明してください。
- 術前準備の目標は脱水・電解質・酸塩基平衡の補正がメインとなります。
- ①脱水の評価(体重減少、皮膚ツルゴール、大泉門陥凹、尿量など)に基づき、維持輸液に加え、不足分(通常体重の5-10%程度)を24時間かけて補正します。
- ②電解質異常では特にカリウム補正が重要で、3.5mEq/L以上を目標とし、通常20〜40mEq/L濃度で0.5mEq/kg/時を超えない速度で投与します。ただし,カリウム補正は補液により脱水が補正されてから行います.通常、尿量0.5mL/kg/時以上が目安となります。
- ③酸塩基平衡はpH<7.5、HCO₃⁻<30mEq/Lを目標としますが、積極的な重炭酸イオン除去は不要で、脱水・電解質補正により改善することが多いです。
- ④鼻胃管留置で胃内容を減らし誤嚥リスクを軽減します。
- ⑤手術自体は緊急性が高くないため、少なくとも8〜12時間の補正期間を確保し。不十分な場合はさらに時間をかけることも考慮します.
補足・解説
- カリウムは濃度が高すぎると静脈刺激や静脈炎を起こすため、通常は最大40mEq/L濃度以内で投与します。
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