📘【想定問題】大動脈弁狭窄症に対する大動脈弁置換術(開心術)

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症例設定

【患者】

  • 68歳女性.156cm,58kg(23.8)

【現病歴】

  • 数ヶ月前より労作時呼吸困難(NYHA II度程度),易疲労感が出現し,増悪傾向のため近医受診.精査にて重症大動脈弁狭窄症と診断され,手術目的に当院紹介となった.

【既往歴】

  • 高血圧(10年前~)
  • 2型糖尿病(5年前~)
  • 発作性心房細動(3年前~,CHADS2スコア3点:高血圧1点,糖尿病1点,年齢≥75歳ではないので0点,脳梗塞・TIA既往なし0点)
  • 慢性腎臓病(CKD G3bA1)

【服用中薬剤】

  • ワルファリン 2mg/日(発作性心房細動に対する抗凝固療法)
  • カンデサルタン 8mg/日
  • アムロジピン 5mg/日
  • メトホルミン 1000mg/日
🖥️【主な検査所見・身体所見など】

バイタルサイン

  • 体温 36.5℃, 血圧 138/78 mmHg, 脈拍 65拍/分(洞調律), SpO₂ 97% (room air)

血液検査

  • WBC 6,500/μL, Hb 11.8 g/dL, Ht 35.5%, Plt 18.5万/μL
  • TP 7.0 g/dL, Alb 4.0 g/dL
  • AST 25 U/L, ALT 28 U/L, LDH 180 U/L, CK 80 U/L,
  • BUN 25 mg/dL, Cr 1.4 mg/dL (eGFR 38 mL/min/1.73m²),
  • Na 140 mEq/L, K 4.2 mEq/L, Cl 105 mEq/L,
  • Glu 135 mg/dL, HbA1c 7.2%
  • PT 18.0秒, PT-INR 1.85, APTT 35.0秒

心電図

  • 洞調律、心拍数 65/分、左室肥大所見 (ST-T変化なし)

胸部レントゲン

  • 心胸郭比 55%、軽度の肺うっ血像

心臓超音波検査(TTE) 

  • 大動脈弁:高度石灰化、開放制限著明
  • Vmax 4.0 m/s, mPG 45 mmHg, AVA 0.60 cm² (indexed AVA 0.36 cm²/m²) -> 重症AS
  • 左室:壁肥厚あり (IVS 13mm, LVPW 12mm), LVDd/Ds 50/35 mm, LVEF 45% (軽度低下), E/e’ 16 (拡張能障害あり)
  • 軽度MR, TR認める以外著変なし
  • 右室機能:TAPSE 18mm(正常下限)

心臓カテーテル検査

  • 冠動脈:有意狭窄なし
  • 左室拡張末期圧 (LVEDP): 18 mmHg
  • 肺動脈圧 : 42/20 mmHg (mean 28 mmHg)

頸動脈エコー・MRA

  • 両側内頸動脈に軽度プラーク認めるも,脳血管含め有意狭窄なし 呼吸機能検査:VC 2.50L (%VC 95%), FEV1.0 1.80L (FEV1.0% 72%) -> 閉塞性換気障害なし

<治療方針:開心術>

  • 心臓血管外科・循環器内科・麻酔科・腎臓内科などによるハートチームカンファレンスが開かれた.
  • 患者年齢,弁の耐久性,腎機能,外科手術リスクを総合的に評価し,大動脈弁置換術(Surgical AVR; SAVR)の方針となった理由は以下の通り.
開心術を選択した理由(※TAVIバージョンも別問題で掲載
  • 比較的若年(68歳)であり,長期的な弁の耐久性を考慮するとSAVRが有利と判断(機械弁または耐久性の高い生体弁).
  • CKD G3bは存在するが,他の併存疾患を含めてもSAVRの許容リスク範囲内と判断.
  • 現行ガイドラインにおいて,75歳未満(または期待余命10年以上)の重症AS患者ではSAVRが依然として標準治療の一つであること.
  • ちなみに冠動脈病変がないため,CABG同時施行は不要.
Q1. 大動脈弁狭窄症のデータ以外で麻酔科として評価・確認すべき項目を挙げてください.
  • 血圧のコントロール状況
  • 頸部動脈・脳血管の狭窄の有無:麻酔中・人工心肺中使用による脳虚血のリスク
  • 腎機能 (CKD G3b):術中・術後の腎保護,造影剤使用や薬剤選択への影響,術後AKIリスク
  • 糖尿病コントロール状況(HbA1c 7.2%):周術期の血糖管理目標設定,術後感染リスク
  • 心機能(LVEF 45%, 拡張能障害): 麻酔導入・維持,人工心肺離脱時の循環管理への影響,カテコラミン依存のリスク評価.
  • 発作性心房細動(PAF):術中・術後の不整脈リスク,抗凝固療法の管理(ワルファリン中止とヘパリンブリッジの要否),心房細動発生時の血行動態破綻リスク評価.
  • 呼吸機能: 呼吸機能(術後の抜管戦略,呼吸器合併症リスク評価).凝固能(ワルファリン内服中),栄養状態,フレイル評価なども考慮します.
Q2. 重症AS患者の周術期循環管理における注意点を挙げ、それぞれについて簡潔に説明してください。
  • 心拍数はやや徐脈~正常域(おおよそ60~70/分)に維持し洞調律を保ちます.心房細動を生じた際には積極的に除細動を行います.極端な徐脈や頻脈はNGです.
  • 前負荷を十分に保ち,心拍出量を維持しつつ,後負荷の急激な低下を避けて血圧を維持します.
  • 心筋酸素需要の増加と,相対的冠血流の低下を防止します.
Q3. 本症例の手術において、標準モニターに加えて使用が推奨されるモニターとその目的について説明してください.
  • 観血的動脈ライン:心拍出量測定付使用(FloTrac/Vigileoなど).血液ガス用.血圧の継続的な評価.
  • オキシメトリ付中心静脈カテーテル:ScvO₂,CVP評価
  • 肺動脈カテーテル:上記との選択になる.肺動脈圧,CVP,SvO₂,PAWPの評価
  • 経食道心エコー:弁機能や弁輪径等の弁関連の評価,左室容量,壁運動異常,右室機能,置換後のリークの確認など.
  • NIRS:脳虚血の早期発見(特に左右差).
Q4. 本症例の麻酔導入において用いる薬物とその理由について説明してください.
  • 頻脈を防止しつつ,循環抑制の少ない麻酔薬が望まれます.
  • フェンタニル(やレミフェンタニル),ミダゾラム(やレミマゾラム),ロクロニウムを用いて導入します.維持はレミマゾラムやフェンタニル・レミフェンタニル,セボフルラン(レミマゾラムを用いる場合はなし)で行います.
Q5. 経食道心エコーを用いて,弁置換のサイズ適合を再確認するために測定する部位を挙げてください.
  • 弁輪部が一番重要で,左室流出路径も計測します.必要に応じてValsalva洞部,上行大動脈径(STジャンクション)も測定します(特にTAVI時).基部中隔の厚さ・形状も評価し、SAM発生リスクも確認するとなおよし.
  • 弁置換後の計測:弁尖の可動性,開放・閉鎖状態,有効弁口面積,圧較差の測定.
補足・解説
  • 大動脈弁輪は大動脈弁の基部(線維性輪)にあたり,人工弁が設置される部位です.TEEの長軸像・短軸像で弁輪径を計測し,選択した人工弁サイズと一致しているか確認します​.
  • 弁輪径に比して人工弁が大きすぎれば留置困難や縫合部のリーク,逆に小さすぎればPVLやPPMを招く可能性があります
  • 人工弁の一部は左室流出路にもかかるため,LVOT径が人工弁の内径と調和するか確認し,流出路狭窄のリスクを評価します.特に基部中隔が肥厚している症例では流出路が狭小で,術後にSAMを起こすリスクがあります.

【経過】

  • 無事大動脈弁置換術(機械弁)が施行され,人工心肺からの離脱を行いました.離脱後の循環動態は以下の通りです.
🖥️【人工心肺離脱後の所見】
  • HR 110回/分(洞調律),BP 80/60 mmHg,CI 1.8 L/min/m²,PAP 45/23 mmHg(mean 30 mmHg),CVP 14 mmHg,SvO₂ 58%.
  • ドパミン 5μg/kg/分,ドブタミン 5μg/kg/分を投与中.
Q6. この時点での循環動態の問題点を指摘し,考えられる原因を挙げ,診断のために行うべき評価を説明してください
  • 血圧の低下と頻脈,低心拍出量と肺動脈圧・CVPの上昇,混合静脈血酸素飽和度の低下が見られ,いわゆる離脱困難な状態です.
  • 心筋保護不十分による心機能の低下,虚血歳灌流障害,心筋虚血による左・右心機能低下(残存空気による塞栓など),流出路狭窄による心拍出量の低下(左室収縮自体は良好)などが疑われます.
  • 経食道心エコーで観察を行い,壁運動異常の有無,弁の異常(人工弁や僧帽弁),左室および右室のサイズ,心腔内の空気,流出路の圧較差やSAMが生じていないかを確認します.
補足・解説
  • もちろん血液ガスでアシドーシスや低酸素血症の有無を確認し,心電図変化(虚血性変化、不整脈)も確認します.
  • その他,循環血液量不足,末梢血管抵抗の低下,弁機能不全,心タンポナーデも鑑別に上がります.

【経過】

  • 経食道心エコーで評価したところ,左室収縮自体は比較的保たれているものの,左室流出路で収縮期に僧帽弁前尖が異常前方運動(SAM)が見られ,流出路狭窄(最大圧較差 60mmHg)と中等度の僧帽弁逆流を認めました.人工弁の機能自体に異常はなさそうです.
Q7. このSAMによる血行動態悪化に対する初期治療を3つ挙げてください
  • 容量負荷:左室容積を増大させ,流出路を拡大します.CVPやPAWPを参考にします.
  • 後負荷上昇:フェニレフリンなどのα刺激薬を投与し,体血管抵抗を上昇させることで左室を拡張させ,流出路狭窄を軽減させます.
  • β刺激薬の減量/中止:ドパミン,ドブタミン,アドレナリンなどの心収縮力増強作用(特にβ作用)を持つカテコラミンはSAMを増悪させる可能性があるため.減量または中止を検討する(場合によってはβ遮断薬の少量投与を考慮).

【経過】

  • 適切な対処により循環動態は安定し,手術は無事終了しました.術後ICUに入室し,呼吸・循環動態は改善したため翌日に抜管しました.
  • 抜管翌日(術後2日目)より患者は落ち着きがなくなり,「家に帰る」と言い出す,時間や場所が分からなくなるなどの見当識障害が出現した.頭部MRIでは,新たな脳梗塞や出血などの器質的病変は認められませんでした.家族は患者の急な変化に戸惑い,不安を訴えています.
Q8. この患者における術後せん妄の発症リスク因子と考えられるものを,本症例の背景から挙げてください
  • 高齢 (68歳):65歳以上は一般的にリスクとされます.
  • 心臓血管外科手術:大侵襲手術,人工心肺使用は高リスク因子です
  • 術前の認知機能(明記されていないが、高齢であり潜在的な低下も考慮)
  • 慢性腎臓病(CKD G3b):代謝異常や薬剤蓄積によりリスクとなりえます.
  • ICUの環境:睡眠障害,環境変化,各種ライン類,アラーム音など騒音が誘因となります.
補足・解説
  • 一般的には術後せん妄のリスクとして以下のものが挙げられます.
  • 患者因子として,高齢(65歳以上),認知機能障害,うつ状態,感覚障害,既往のせん妄歴が挙げられます.
  • 薬剤関連因子として,ベンゾジアゼピン系薬剤,オピオイド,抗コリン薬の使用,常用薬の中断があります.
  • 手術関連因子として,侵襲度(高侵襲でリスク),手術時間(長時間でリスク),出血量(出血量が多いとリスク)が関係します.
  • 周術期管理因子として,疼痛コントロール(疼痛が強いとリスク),循環・呼吸動態,電解質バランス,栄養状態,睡眠環境が重要です.
  • 特にICU環境下では,これらの因子が重複しやすく注意が必要です.

Q9. 不安を訴える家族に術後せん妄について説明してください.
  • 高齢の方が手術を受けた後、一時的に意識が混乱し.言動がおかしくなる『せん妄』という状態になることがあります.例えば,ご家族の顔が分からなくなったり,幻覚などが見えたりするかもしれません.しかしこれは脳の一時的な機能障害で,多くの場合数日で良くなります.認知症などの永続的な後遺症ではありませんのでご安心ください.幸い脳の血管がつまる脳梗塞もないようです.
  • 今後数日間は注意深く様子を見る必要がありますが,私たち医療チームも点滴を抜いたり,ベッドから転落したりすることがないよう,安全に配慮しながら見守り,必要な治療を行います.ご家族には,もし混乱が見られても驚かず落ち着いて声かけしていただき,他にも眼鏡・補聴器の装着など,普段の環境に近づけるお手伝いをお願いするかもしれません.よろしくお願いいたします😊
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