症例設定
【患者】
- 56歳男性.172cm,88kg(BMI29.7)
【現病歴】
- 当日朝食後,突然の激しい頭痛と嘔吐で発症.意識レベル低下あり救急搬送.頭部CTでくも膜下出血(Fisher分類 Group 3)を認め,3D-CTAで右中大脳動脈分岐部に7mm大の動脈瘤を確認.Hunt & Kosnik grade III,WFNS grade II.発症から約6時間後,緊急コイル塞栓術が予定されている.
【既往歴】
- 高血圧症(8年前から):内服治療で収縮期血圧140〜150mmHg程度で推移
- 2型糖尿病(5年前から):HbA1c 7.2%,経口薬でコントロール
- 脂質異常症:スタチン内服中
【服用中薬剤】
- アムロジピン 5mg/日
- カンデサルタン 8mg/日
- メトホルミン 750mg/日
- ロスバスタチン 2.5mg/日
【検査所見・バイタルサインなど】
バイタルサイン
- 血圧 158/92mmHg
- 心拍数 88/分,整
- SpO₂ 97%(室内気)
- 呼吸数 18/分
- 体温 37.2°C
- 意識レベル GCS E3V4M6(13点)
主要検査データ:
- 血液検査:Hb 14.2g/dL,Plt 24.8万/μL,WBC 12,400/μL
- 凝固系:PT-INR 1.05,APTT 32秒,Fib 328mg/dL
- 生化学:Na 138mEq/L,K 3.9mEq/L,Cl 102mEq/L,BUN 16mg/dL,Cr 0.82mg/dL
- 肝機能:AST 28U/L,ALT 32U/L,ALP 245U/L,T-Bil 0.8mg/dL
- 血糖値:198mg/dL,HbA1c 7.2%
- 動脈血ガス分析(室内気):pH 7.42,PaO₂ 92mmHg,PaCO₂ 38mmHg,HCO₃⁻ 24mEq/L,BE 0.2mEq/L,Lac 1.2mmol/L
- 心電図:洞調律,左室肥大所見
- 胸部X線:CTR 54%,肺うっ血なし
画像所見:
- 頭部CT:Fisher分類 Group 3のくも膜下出血,脳室拡大軽度あり
- 3D-CTA:右中大脳動脈分岐部に7mm大の嚢状動脈瘤,ブレブあり
- 経頭蓋ドップラー:中大脳動脈平均血流速度 110cm/秒(軽度上昇)
特記すべき身体所見:
- 神経学的所見:明らかな局所神経脱落症状なし
- 気道評価:Mallampati分類III度,開口制限なし,頸部伸展制限なし
- 心音:整,心雑音なし
- 呼吸音:清,左右差なし
Q1. くも膜下出血急性期患者の術前評価において重要なポイントを述べてください.
- Hunt & Kosnik分類,WFNS分類,Fisher分類等を用いて重症度を評価します.
- 本症例ではHunt & Kosnik grade III,WFNS grade II,Fisher分類 Group 3であり,中等度の重症度と判断されます.
- 出血の範囲と量,水頭症の有無を評価します.
- 本症例ではFisher分類 Group 3で比較的広範なくも膜下出血があり,軽度の脳室拡大を認めています.動脈瘤の特徴としては,右中大脳動脈分岐部に7mm大の嚢状動脈瘤でブレブを伴っており,再出血リスクが高いと考えられます.
- 再出血リスク評価を行います.
- 初回出血からの時間,血圧,凝固能などを評価します.発症から6時間程度経過しており,初期の再出血高リスク期にあります.血圧は158/92mmHgとやや高値で,凝固能は正常範囲内です.
- 脳血管攣縮の評価も必要です.
- 経頭蓋ドップラーでは中大脳動脈平均血流速度が110cm/秒とやや上昇しており,早期の血管攣縮が示唆されます.ただし,典型的な血管攣縮は発症後3〜5日目から出現することが多いです.
- くも膜下出血に伴う全身合併症の評価も重要です.
- 神経原性心筋障害(たこつぼ心筋症含む),神経原性肺水腫,電解質異常(特に低Na血症)などの有無を確認します.本症例では心電図で左室肥大所見を認めますが,急性期の心筋障害を示唆する所見はありません.
- 併存合併症の評価を行います.
- 本症例では高血圧,糖尿病,高脂血症があり,これらは動脈硬化のリスク因子であるとともに,周術期管理にも影響します.特に血糖値が198mg/dLと高値であり,周術期血糖管理が必要です.
- 頭蓋内圧亢進所見の評価も重要です.
- 意識レベル低下(GCS 13点)を認めますが,明らかな脳ヘルニア徴候は認めていません.
Q2. 本症例のコイル塞栓術における麻酔法選択と麻酔薬の選択根拠,導入時〜導入後の注意点について説明してください.
- 迅速導入による全身麻酔を選択します.
- 導入薬には脳代謝と脳血流を低下させ頭蓋内圧を下げるプロポフォールを使用します.オピオイドは代謝が早く交感神経反応を抑えるため,レミフェンタニルを選択します.筋弛緩薬はロクロニウム.
- 維持は術後,迅速に神経機能評価を行うため,プロポフォールTCIとレミフェンタニルで行います.
- 肥満があるためDAMカートは準備しておきます.
- 挿管時の血圧急上昇を防止するため鎮静・鎮痛は十分に,かつ緊急時の降圧薬(ニカルジピンなど)を準備しておきます.
- PaCO₂は軽度過換気(35〜40mmHg)で維持し,体温は正常範囲に管理します.血糖値は140〜180mg/dLで管理します.
Q3. コイル塞栓術中の抗凝固管理について説明してください
- 術中は通常ヘパリンを投与し,活性化凝固時間(ACT)を250~300秒程度に維持します。術前には患者の凝固機能評価を行い,投与量を調整します。穿孔や出血が生じた場合のその後の投与は,術者と相談します.
Q4. コイル塞栓術中に生じうる合併症にはどのようなものがありますか?
- 主な合併症としては,血栓塞栓性・血流遮断(一時閉塞用バルーン含)の合併症,出血性の合併症(血管穿孔や緊急治療中の破裂),脳血管攣縮(カテーテル刺激で軽度のものはよく生じる)があります.手技に伴わないものとしては,造影剤アレルギーなども起こり得ます.
- また,上記の合併症を起こした際には,脳浮腫や頭蓋内圧亢進が生じることがあります.
⏩【経過】
- 導入はトラブルなく終了,手術が開始されました.カテーテル操作中に血圧が低下し.術者から「マイクロカテーテルを動脈瘤内に誘導中に抵抗があって,造影で漏出がある.動脈瘤穿孔したと思う」との報告があった.
- 造影モニターでは,動脈瘤周囲に造影剤の漏出が認められます.
- 麻酔導入直後と動脈瘤穿孔時のバイタルサイン変化を示します
🖥️【動脈瘤穿孔時のバイタルサイン変化】
- 血圧 102/75mmHg → 190/110 mmHg
- 心拍数 85/分 → 105/分
- その他著変なし
Q5. 動脈瘤穿孔を生じた場合の対応と管理方針について述べてください.
- 動脈瘤穿孔時には,更なる出血を防ぐために速やかな血圧コントロールが必要です.
- 速やかに血圧を下げるため,ニカルジピンなどの短時間作用型降圧薬を投与します.
- 麻酔深度を深める(プロポフォールやレミフェンタニル増量).
- バルーンカテーテルによる一時的な血流遮断などの止血手段を検討します(もともと準備してることも多い)
- PaCO₂を35〜40mmHg程度の軽度過換気(過度な過換気は脳虚血リスクあり),マンニトール投与で頭蓋内圧の過度の上昇を防ぐ.
- コントロールがつかない場合,開頭術へのコンバートを行うこともあります(頻度は低いようです).
⏩【経過】
- 閉塞バルーンの使用,および上記処置を行い,血圧は一旦低下傾向になったが,再び以下のようなバイタルサインを呈しています.
🖥️【止血処置中のバイタルサイン】
- 血圧 185/110mmHgへ急上昇
- 心拍数 45/分に徐脈化
- その他著変なし
Q6. 何が生じていると考えられますか?また,この状態からどのような対応が求められますか?
- Cushing徴候が見られています.頭蓋内圧(ICP)が急激に上昇することにより脳灌流圧(CPP)が低下しています.
- 麻酔科としては,酸素濃度の上昇,PaCO₂の維持(40mmHg程度.低下も上昇もリスクあり),マンニトールや高張食塩液の投与,プロポフォールの増量,抗けいれん薬投与(レベチラセタムなど)を行いますが,あくまで対症療法です.
- 根本的には開頭減圧が必要な状況だと思われます.
- 術者に緊急事態であることを伝え(術者が一番分かってるとおもうけど・・),情報を共有し,対応を決定します.
⏩【経過】
- 術者から緊急開頭術の要請があり,開頭が行われました.幸いバイタルサインは持ち直しました.浮腫が強いため開頭によるクリッピングは困難で,状態が安定した後,後日改めてクリッピング術が行われる予定となりました.現在はICUで鎮静下に人工呼吸管理中です.
Q7. この症例における開頭減圧後の術後管理の要点を説明してください.
- 頭部正中位を維持し,ICPモニタリングによりICPは20mmHg以下に保ちます.
- 適切な鎮静(プロポフォール使用)で脳代謝を抑制し,PaCO₂ は40mmHg程度で管理します(過換気では脳虚血のリスクあり).
また,脳血管攣縮予防のため血圧を適切に維持(収縮期120〜140mmHg程度),循環血液量を十分確保し,カルシウム拮抗薬(ニモジピン経口)やマグネシウム投与を行います.過度の血圧低下は脳虚血のリスクがあります. - NIRSをモニタリングとして補助的に用いる(脳虚血の早期発見に有用)
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