症例初期設定
【患者】
- 82歳男性.165cm,50kg
【現病歴】
- 3日前からの腹痛と発熱を主訴に救急搬送された.診察と腹部CTの所見でS状結腸の穿孔(free airあり),汎発性腹膜炎と診断され,緊急手術(開腹結腸切除,洗浄ドレナージ,人工肛門造設術)が申し込まれた,
【既往歴】
- アルコール性肝硬変(Child-Pugh分類B).2年前に食道静脈瘤に対してEVL施行.
- 2型糖尿病(HbA1c 7.2%)
- 高血圧(内服コントロール)
【検査所見】
【血算など】
- WBC:16,500/μL Hb:10.2g/dL Plt:6.5万/μL PT-INR:1.58 APTT:42秒 Fibrinogen:180mg/dL D-dimer:3.8μg/mL
【生化学】
- T-Bil:2.8mg/dL D-Bil:1.2mg/dL AST:65IU/L ALT:42IU/L LDH:320IU/L ALP:380IU/L γ-GTP:120IU/L Alb:2.8g/dL BUN:28mg/dL Cr:1.2mg/dL Na:132mEq/L K:3.2mEq/L Cl:94mEq/L Glu:185mg/dL CRP:18.5mg/dL 乳酸:3.5mmol/L
【血液ガス】
- pH:7.33 PaO₂:75mmHg PaCO₂:34mmHg HCO³-:18mEq/L BE:-7.0mEq/L Lac:3.5mmol/L
【服用中薬剤】
- アムロジピン
- テルミサルタン
- メトホルミン
- シタグリプチン
- ウルソデオキシコール酸
- フロセミド
- スピロノラクトン
【生理検査・画像】
【心電図】
- 洞性頻脈,左室肥大
【胸部X線写真】
- CTR 56%,両側下肺野に少量の胸水貯留
【腹部CT】
- S状結腸穿孔,腹腔内free air 汎発性腹膜炎像
- 中等量の腹水 肝硬変,脾腫,腹部側副血行路発達
- 前回EVL施行部位の食道静脈瘤再発はなし
- 胃・十二指腸内に食物残渣や液体貯留はほとんどなし
【身体所見・バイタルサイン】
- 血圧:92/54mmHg(ノルアドレナリン0.05μg/kg/分投与中) ,心拍数:110/分整,呼吸数:24/分,SpO₂:94%(酸素3L/分 経鼻) 体温:38.6℃,意識:JCS I-1
- 腹部:全体に板状硬,反跳痛あり
- クモ状血管腫,手掌紅斑あり
- 下腿浮腫あり,軽度の全身黄染あり,両側肺底部にfine cracklesを聴取
【手術までの経過】
- 入院時より38.8℃の発熱,白血球数16,500/μL,CRP 18.5mg/dLと炎症反応が高値.
- 血圧90/50mmHg,心拍数112/分とショック状態を呈しているため,広域抗菌薬(メロペネム1g)とノルアドレナリン0.05μg/kg/分の持続投与を開始した.
Q1. この患者の術前評価で重要な問題点を挙げてください.
- 敗血症性ショック:ノルアドレナリンを投与してバイタルが何とか維持されている.
- 肝硬変とそれに伴う凝固障害.かつ今後悪化する可能性が高い.FFP,血小板のオーダーをしておく.
その他の問題点
- 高齢
- フルストマック扱い(中等量腹水)
- 糖尿病:コントロールはそれほど悪くない
Q2. 具体的な麻酔計画・モニタリングとその注意点について説明してください.
- 術前から晶質液の急速投与(1,000mL程度)を行いつつ,麻酔を開始しします.
- フェンタニル,ベンゾジアゼピン系(ミダゾラムやレミマゾラム),ロクロニウムを用いたsemi-RSI(頭部挙上,輪状軟骨圧迫下で換気して挿管,あるいは
- フェンタニル,ケタミン,ロクロニウムを用いたRSI.維持はレミマゾラム,フェンタニル(orレミフェンタニル)
- どちらにしろ,導入後は血圧が低下する可能性が高く,すでに投与しているノルアドレナリン増量に加え,晶質液の急速投与,単回投与用のフェニレフリンや希釈したノルアドレナリンや持続用のバソプレシンを準備しておきます.
- モニタリングは,導入前に局所麻酔下で動脈ライン(心拍出量測定付),オキシメトリ付きCVCカテーテル挿入,BISをモニタリングします.
補足・解説
- 腹水の存在を重く見るかどうかで判断が分かれる.近位消化管に内容物がほとんどないことから,循環を考慮するとsemi-RSIでもいいかな?
- 迷うようなら,フェニレフリンも準備した状態で上記RSI
- ケタミン使ったらしばらくはBISがあてにならないかも
- 初期30mL/kgの迅速輸液後は,動的指標で過剰輸液を避けることも必要です.特に肝硬変合併例では腹水増加や肝うっ血のリスクがあり,慎重な輸液管理が必要.
⏩【経過】
- 導入後直後のバイタルサインを提示します.
🖥️【麻酔導入5分後のバイタルサイン】
- BP:76/50mmHg
- HR:115/分
- SpO₂:92%(FIO₂ 0.6)
- EtCO₂:32mmHg,
- BIS:42
- 血圧の低下に対し,フェニレフリンの単回投与,ノルアドレナリン増量(0.1μg/kg/分)を行い,収縮期血圧80〜85mmHg,心拍数110台です.フェンタニルを追加投与し,手術を開始しました.
- 開腹し,汚染した腹水を吸引したところ,血圧が急激に低下しました.採血データ,バイタルサイン,検査所見を示します.
🖥️【採血データ,バイタルサイン,検査所見等】
血圧:65/35mmHg,心拍数130/分,SpO₂:88%(FIO₂ 0.6),ETCO₂ 24mmHg, CVP 3mmHg, ScvO₂ 57%.
Q3. この時点の血圧低下の原因について考えられるものを列挙してください.
- 腹腔内圧の急激な減少による腹部血管床の急激な拡張と静脈還流量減少
- 敗血症悪化によるさらなる血管拡張や血管透過性亢進の影響
- 敗血症性心筋症の顕在化
- 腸間膜牽引症候群 etc..
⏩【経過】
- 急速輸液,ノルアドレナリン増量(0.2μg/kg/分),バソプレシン持続投与開始し,収縮期血圧は70〜80mmHg,HR 120/分で推移しています.
- 膿性腹水吸引20分後,外科医が穿孔部を確認して操作中,出血量が増加し(5分間で約400mL).術野以外からも広範な出血傾向(静脈穿刺部,口腔内など)が出現しています.この時点でのバイタルサインを示します.
🖥️【血液ガスデータ,バイタルサイン】※膿性腹水吸引20分後
- BP:55/30mmHg(ノルアドレナリン0.25μg/kg/分投与下) HR:140/分,SpO₂:85%(FIO₂ 0.8),ETCO₂:20mmHg
- 体温:35.8℃→35.2℃
- 尿量:10mL/時間
- ST低下出現
Q4. 現在生じている出血傾向について,原因として考えられるものを列挙し,て説明してください.
以下のような複合的な要因で生じていると考えられます.
- 肝硬変によるもともとの凝固障害
- 門脈圧亢進による脾機能亢進と血小板減少
- 敗血症に伴うDIC
- 低体温・アシドーシスによる凝固機能障害
- 希釈性凝固障害 etc..
Q5. 出血傾向に対してどのように対応しますか?
- 新鮮凍結血漿,血小板輸血投与(事前に準備してると思うけど).TEG®/ROTEM®があれば検査する.
- 末梢循環不全が原因と思われるアシドーシスの補正(輸液・輸血,炭酸水素ナトリウム)
- 温風式や電気式加温装置を用いる.
- 線溶が評価できればトラネキサム酸投与検討(10~15mg/kg)
⏩【経過】
- 出血コントロールは中々つかず,全身状態は悪化傾向にあります(も〜嫌だ😫).心電図ではST低下が著明です.この時点でのデータを示します.
🖥️ 【出血傾向,血圧低下,ST変化時のデータ】
- 凝固検査(追加データ):PT-INR 2.5,APTT 58秒,Fibrinogen 110mg/dL,Plt 4.2万/μL
- 直近の血液ガス:pH 7.25,PaO₂ 65mmHg, BE -10.0,Lac 5.2mmol/L,K 5.0mEq/L(上昇傾向)
- 体温低下:35.8℃ → 35.2℃
- 術中TEE:左室収縮能低下(EF 40%),右室拡大
Q6. 心電図変化(ST低下)とショックの継続・増悪に対して,考えられる原因を列挙し,対応について説明してください.
ST低下を伴うショック増悪の鑑別としては以下のものが考えられます,
- 敗血症性心筋症
- 出血性ショックによる心筋虚血
- 代謝性アシドーシスによる心筋抑制
- 高サイトカイン血症による直接的心筋障害
- 電解質異常(高K血症など)の影響
- 敗血症と肝不全による内因性カテコラミン抵抗性
- 潜在的冠動脈疾患の顕在化 などが考えられます.
対応としては,以下のものを継続して行います.
- TEE/TTEによる心機能・容量評価
- ScvO₂や乳酸値の推移による組織灌流評価
- 輸液・輸血療法によるボリュームの適正化と末梢循環の改善
- 昇圧薬(ノルアドレナリン,バシプレシン増量)と,強心薬(ドブタミン3~5μg/kg/分.頻脈だからちょっと使いにくいけど・・)の併用
- 重炭酸Na投与によるアシドーシス補正の検討
- 体温管理と凝固障害補正
- ステロイド(ハイドロコルチゾン)投与の検討
- 早く手術を終わってもらう
Q7. 本症例では周術期の急性腎障害(AKI)リスクが高いと考えられます.敗血症性ショックと肝不全合併患者のAKI予防と早期治療について説明してください.
- 適切な輸液管理(動的指標に基づく輸液反応性評価)
- 平均血圧65mmHg以上を目標とした循環管理で腎灌流圧を確保する
- 乳酸>4mmol/L持続やpH<7.2,K>6.0mEq/L,尿量<0.3mL/kg/hが6時間以上続く場合,早期の腎代替療法(RRT)を検討する
- 腎毒性薬剤(NSAIDsなどの回避)
- 感染源の早期コントロール
- 適切な栄養サポート
- バイオマーカー(NGAL,L-FABP,KIM-1)による早期診断と介入
- 肝腎症候群の可能性が高い場合は,バソプレシンとアルブミンの併用も検討します.
補足・解説
敗血症性ショックと肝不全合併患者のAKIは,以下のような複合的要因で生じます.
- 腎灌流低下(絶対的/相対的循環血液量減少)
- 敗血症に伴う微小循環障害
- エンドトキシンや炎症性サイトカインによる直接的腎障害
- 薬剤性腎障害
- 肝腎症候群
- 腹腔内圧上昇
- 静脈うっ血(右心不全合併時)
Q8:本症例のように,術中に突然の凝固障害と循環不全が複合した危機的状況に対して,チーム医療の中で麻酔科医としてどのように行動するべきだと考えますか?具体的なコミュニケーション戦略と役割分担について説明してください.
- 主麻酔科医としては,コマンダーとして非常事態宣言を宣言し,多職種と連携をとる.
- ナースや麻酔科医をはじめとする人手を集めて以下のような役割分担を行う.
- 麻酔科内では以下の役割を明確化(リーダー,薬剤・輸液管理,記録,連絡係など).
- 外科チームに対して簡潔に現在の状況を説明し,手術方針の協議(止血優先か,ダメージコントロール手術等の短時間での終了を検討すべきか)や治療目標の明確化を行う.あと家族説明も.
- 検査科や輸血部に対し,血液製剤の緊急オーダー(FFP,血小板,RBC,フィブリノゲン製剤)が継続することを伝え,在庫状況の確認や血液センターとの連携を依頼する.リソースが十分であれば大量出血プロトコル(MTP)を発動する.
補足・解説
その他細かな注意点として,
- 指示は特定の人を指名して伝達し,必ず実行の復唱を確認する
- 2~3分ごとにタイムアウトを取り,最新状況と次の目標を共有
- SBAR(Situation-Background-Assessment-Recommendation)フォーマット等を活用する
⏩【経過】
- 迅速に該当部位の腸切除,人工肛門増設,ガーゼパッキングを行いICUに搬送となりました(これからも大変).
Q9. ICU搬送に必要な物品を挙げてください.
- 搬送前にチェックリストを用いて,必要物品を確認します.
- ストレッチャーとスライドボードを準備し,酸素ボンベの残量確認と人工呼吸用のアンビューバッグやジャクソンリース回路を用意します.
- 移動用バイタルモニタ(動脈圧,心電図,SpO₂,ETCO₂)と鎮静薬注入用シリンジポンプ(バッテリー確認必須)を準備します.
- 緊急時対応のため,救急薬剤と気道確保セットを携行します.
- 搬送経路を確保し,ICUと連携して受け入れ態勢を整えてもらっておきます(ちゃんと連絡しておく.いきなりいくとえらい文句言われます・・😅).
Q10. 術中経過から,術後管理で予測される合併症と,ICUにおける循環・呼吸管理その他について説明してください.
- 敗血症性ショック,肝不全,凝固障害,代謝性アシドーシス,循環不全が複合している状態であり,以下の合併症が予測されます.
- 多臓器不全(循環,呼吸,腎,肝,凝固系)
- 敗血症性心筋症の進行
- 急性腎障害(AKI)の発症・進行
- 持続する凝固障害と出血による遷延するショック状態
【循環計画】
- ノルアドレナリン,バソプレシン,ドブタミンなどを併用し,MAP≧65mmHgを維持(できればいいけど)
- 心エコーや動的指標(SVV,PPV)で輸液反応性を評価
- 過剰輸液による肺水腫リスクを考慮しながら適切な前負荷を維持(動的指標に加えてTEEやTEE使用)
- ScvO₂モニタリングや乳酸値のトレンドで組織灌流を評価する.
- 尿量
【呼吸管理】
- 肺保護換気(1回換気量6mL/kg PBW,FIO₂に応じた適切なPEEP設定)
- 人工呼吸器関連肺炎(VAP)予防バンドル
【凝固管理・出血管理】
- TEG®/ROTEM®ガイド下で必要製剤を補充(Plt5万/μL以上,フィブリノゲン150mg/dL以上)※あれば
- 過剰輸血による容量負荷・TRALIリスクにも注意.適宜レントゲン撮影も行う.
【その他】
- 早期CRRT導入検討(血液ガス指標や尿量,電解質異常に応じて)
- 感染管理(培養結果が出るまで抗菌薬投与)