麻酔で使う筋弛緩薬は「心臓まで止まるのでは」と不安に思う方もいます。結論は止まりません。作用部位や使用目的を麻酔科医がわかりやすく解説します。
筋弛緩薬はなぜ使う?
麻酔や手術の際には鎮静薬や鎮痛薬を用いますが,それに加えて筋弛緩薬を使用します.眠らせたり,痛みをとったりするのはわかりますが,なぜ体を動かなくさせる薬を別に使うのでしょうか?
主な理由としては,以下のようなものがあります.
- 気管挿管を容易にする
- 手術の際の視野をよくする
- 予期せぬ体動による臓器損傷などの危険から患者を守る
ちなみに,日本における日常の臨床で最もよく用いられるのはロクロニウム(エスラックス®)という薬物です.
気管挿管時に・・
必要のない手術もありますが,一般的な全身麻酔では気管挿管を行います.これは喉の奥の気管に呼吸のためのチューブを入れて安定的に人工呼吸を行うためのものです.
想像してもらうとわかりますが,普通に寝ている人の口を勝手に開けて,喉頭鏡という挿管のための道具を入れて喉の奥に管をつっこもうとしたら,患者さんは間違いなく暴れん坊将軍になりますよね?(`O´)
意識がなくなっていても,力が入ったり口を閉じたり,喉頭鏡を噛み締めたりすると気管挿管はやりづらくなってしまいますし,予期せぬ体動が起きることで口腔内や喉咽頭を損傷する可能性もあります.もちろん適切な鎮静や鎮痛薬(麻薬性)も投与しますが,筋弛緩薬もしっかり投与してより安全に気管挿管を行います.
手術時に・・
通常,適切に鎮静薬と鎮痛薬が投与されていると手術中に体が動くことはあまりありません.そのため筋弛緩薬は必須でないこともあります.例えば,手足の手術や,体の表面の手術では筋弛緩薬は気管挿管時以外には使用しないことが多いです.
筋弛緩が特に必要になるのは開腹手術や腹腔鏡手術などです.筋弛緩が効いていなくても手術は可能ですが,手術中に予期せぬ体動があったり,お腹に力が入ると,視野が悪くなりますし,狭いお腹の中で手術を行う腹腔鏡手術では,道具による臓器損傷や血管損傷のリスクが高まります.そのため通常,必要十分な筋弛緩薬を投与して手術を行います.
心臓🫀も筋肉の塊だけど,心臓は止まらないの?
結論から言うと,止まりません.というか止まったら大変です.手術どころではありません😅.
筋肉の収縮する仕組みが違うから
体は筋肉で覆われていますが,基本的に見えている筋肉は「骨格筋」と言います.見ての通り,体の骨格を形成していますね.みなさんの行う筋トレは全部これら(インナーマッスルもありますがこれも骨格筋)を鍛えるものです.
他には,腸管や気管支などを収縮させる「平滑筋」,心臓を収縮させる「心筋」がありますが,これらはそれぞれ収縮させる仕組みが違います.麻酔で使用される筋弛緩薬は”骨格筋の収縮機構を阻害“する作用を持つため,心臓や平滑筋には効かないのです.
余談:某ドラマで・・
かなり昔の話ですが,⚫︎捜研の⚫︎と言う有名ドラマで,主人公が振り向きざまに服の上から筋弛緩薬を皮下注(あるいは筋注)される場面があり,打たれた瞬間に目を開いたまま倒れるという描写がありました・・笑.静注してもそんな一瞬では効きません!目が開いたままになるのは間違ってませんが・・.そして犯人は「死なない程度に調節しておいたから」みたいなことを言っていた記憶がありますが,一瞬で倒れるくらい効いていたら多分⚫︎んじゃいます・・.その調節,ミスってます.
最後に
筋弛緩薬は医療で使用される薬物の中でもかなり危険な薬です(毒薬指定).
そのため使用量や残量などは厳密に薬剤部で管理されています.時折ニュースで筋弛緩薬紛失が報じられることがありますね.使用に関わるみなさんは日頃から注意して取り扱いましょう.