生後20日の男児。第一子、満期産で出生した。生後2週間頃より無胆汁性の噴水状嘔吐を頻回に認めている。現在の体重3.0kg、血清電解質:K2.2mEq/l、Cl86mEq/l、動脈血ガス分析:pH7.68。肥厚性幽門狭窄症と診断され、粘膜外幽門筋切開術が予定された。
0)この問題を解くために必要な知識
- 肥厚性幽門狭窄症に関する知識
- 小児の低体温に関する知識
- 喉頭痙攣、無呼吸発作について
- 小児の挿管について
1)周術期管理
①この患児に周術期管理を行う上でのポイントは何ですか。
- まず把握するべきは、電解質のチェック、脱水の把握のため尿量の評価、アルカローシスの有無、他の先天性奇形の有無です。
- 診察所見としては、活気、大泉門の陥没の有無、毛細血管再充満時間(2秒以内で正常)、皮膚のツルゴール、流涙の有無などを確認します(頻脈や、わかれば体重減少も確認)。
- 内科的には緊急疾患ですが、外科的な緊急疾患ではないため、電解質の補正と脱水の補正をしてから手術に臨みます。
- 電解質はNaが130mEq/L以上、Kが3.0mEq/L以上、Clが85mEq/L以上(尿中Cl20mEq/l以上)まで補正しますが、Kの補正は尿量が確保されてから行います。補正には1~2日(場合によっては3日)程度かかることがあります。
- 尿量は1~2ml/kg/hr以上とします。電解質とともに生理食塩水や半生食で補正を行います(10~20ml/kg/時)。
- 乳酸リンゲルは肝臓で代謝されてHCO3–を生成するため投与を行いません(代謝性アルカローシスの助長)。
2)術中管理
①新生児では術中低体温にならないように管理を行いますが、その理由は何ですか。
- 新生児は、体重あたりの体表面積が大きく熱を喪失しやすい、皮下脂肪が少ない、筋肉量も少なくふるえによる体温保持能力が未熟、分時換気量が多い、などの理由から低体温をきたしやすいです。
- ふるえによらない熱産生は褐色脂肪細胞で行われますが、効率は悪く、酸素消費量を大幅に増加させてしまいます。
- また、寒冷ストレスは心血管抑制や低灌流性アシドーシスを引き起こしますし、不整脈の出現や痙攣の原因にもなります。
- 低体温により免疫機能が低下し、創感染のリスクも上がるなどの理由から積極的な保温・加温が必要です。ただし,温めすぎによるうつ熱には注意します(特に乳幼児)。
- 乳幼児になればふるえ性の熱産生の能力が上がるため新生児に比べて熱喪失は小さくなります。
②新生児症例に対する気管挿管に際して麻酔導入から挿管操作で成人と異なるポイントを上げて下さい。
- 挿管道具の違いとしては、新生児では一般的に直の喉頭鏡(Miller型)でチューブもカフなしを用います。挿管チューブも複数本用意します。(といってもマッキントッシュで挿管できないかというとそうでもないという)
- 解剖学的には新生児では、後頭部が大きい、舌が大きい、喉頭蓋が短く幅も狭い、喉頭がC3~4のレベルで成人のC4~C5よりも高いため、喉頭展開が難しいことがあり、気管も短いため少し深く挿入するだけで片肺挿管にもなりやすいです。
- 挿管操作としては、左手で喉頭鏡を摘むようにもち、喉頭展開しつつ、薬指や小指で喉を自分で抑えます。suniffing positionをとっても喉頭展開の容易度はあまり変化しません。
- その他、新生児は低酸素をきたしやすく、速やかな挿管が必要になります(すぐにまっくろ。麻酔科医は真っ青)。
- 挿管後は20~30H2Oの圧で気管チューブのリークを確認します。
③麻酔管理に際して、今回はジャクソン・リース回路を使うことにしました。その長所、短所を述べて下さい。
- 長所は肺コンプライアンスの低下や気道抵抗の増大を感知しやすい、一方向弁を含まないために、弁作動不良などで気道内圧の異常上昇などの不具合も起こさない上に、換気回数を増やしたりPEEP負荷も可能であるために肺酸素化能が不良な患者にも適しているところです。また、酸素ボンベを取り付ければ患者搬送時の人工呼吸回路としても使用可能です。
- 短所としてはは新鮮ガス流量が少ないと再呼吸が生じやすいため、自発呼吸の場合は分時換気量の2.5~3倍の新鮮ガス流量を用います。人工呼吸の場合はやや少ない流量でかまいません。また、回路のコンプライアンスも低めです。
3)術後管理
①無事に手術が終わりました。体動が見られ、開眼したため抜管しました。しかし、その後SpO2の低下が見られました。何を疑いますか。
- 喉頭痙攣
- 気管支痙攣
- 分泌物による気道閉塞
- 筋弛緩薬効果残存による呼吸不全
- 無呼吸発作
②更に陥没呼吸、チアノーゼの出現が見られました。どのような処置を行いますか。
- 陥没呼吸が見られるため、上気道閉塞が最も疑わしい(喉頭痙攣)
- 喉頭痙攣や分泌物、喉頭浮腫などによる上気道閉塞が疑われる。
- 喉頭痙攣であれば100%酸素で陽圧を維持し、解除を待つか、筋弛緩薬を用いる。場合によっては再挿管。
- 気管支痙攣であれば吸入麻酔薬を流しつつ、再挿管する。
- 分泌物であれば吸引。筋弛緩薬が原因なら拮抗