症例設定
【患者】
- 28歳女性.160cm,55kg(BMI21.5)
【現病歴】
- 半年前から繰り返す一過性の右半身の脱力発作と言語障害が出現.脳MRIおよび脳血管造影にてもやもや病と診断され,左STA-MCA(浅側頭動脈-中大脳動脈)バイパス術が予定されている.脳血管撮影では左中大脳動脈領域の血流低下および両側内頸動脈終末部の高度狭窄と側副血行路の発達を認める.
【既往歴】
- 先天性QT延長症候群(LQT2型):13歳時に学校検診で発見,失神歴なし
- 気管支喘息:小児期に罹患,現在は無症状.投薬なし.
- 手術歴なし
- アレルギー:なし
【服用中薬剤】
- プロプラノロール 30mg 分3 (LQT管理用)
- アスピリン 100mg 分1 (もやもや病管理用)
主な検査所見・バイタルサインなど
バイタルサイン:BP 115/70 mmHg,HR 58/min(整),SpO₂ 99%(室内気),体温 36.5℃
気道評価:Mallampati分類Class I,開口制限なし,頸部伸展制限なし
神経学的所見:明らかな神経学的脱落所見なし,意識清明
血液検査:特記事項なし
心電図:HR 56/min,洞調律,QTc 480msec(延長),ST-T変化なし
胸部X線:CTR 45%,肺野清明,肋骨横隔膜角鋭
心エコー:左室壁運動正常,EF 65%,弁膜症なし,左房径正常
脳MRI/MRA:両側内頸動脈終末部狭窄,左中大脳動脈領域の血流低下
脳血流SPECT:左前頭頭頂葉領域の血流低下,Diamox負荷にて脳循環予備能低下
呼吸機能検査:VC 3.2L,%VC 105%,FEV1.0 2.8L,FEV1.0% 87.5%
Q1. もやもや病の脳循環生理と,術中のPaCO₂管理および体温管理の重要性について説明してください.
もやもや病の脳循環生理的特徴
- 脳主幹動脈(特に内頸動脈終末部からウィリス輪)の進行性狭窄・閉塞
- 側副血行路(もやもや血管)の発達:基底核部・視床部を中心に異常血管網形成
- 脳血流自動調節能の障害:正常な脳では自動調節能により,灌流圧50〜150mmHgで一定の脳血流が維持されますが,もやもや血管では自動調節能が障害されており,血圧の変動が直接脳血流に影響します.
- CO₂反応性の亢進:もやもや血管はCO₂反応性が亢進しており,PaCO₂低下により著明に収縮します.
- 脳循環予備能の低下:側副血行路の発達が不十分な領域では,血管拡張刺激(アセタゾラミド負荷など)に対する反応が減弱しています.
術中PaCO₂管理の重要性
- 低CO₂血症(過換気)では,上記の通り,もやもや血管の著明な収縮を引き起こし,脳虚血リスクを増大させます.特に循環予備能の低下した領域で顕著です.
- また,高二酸化炭素血症では,健常脳血管の拡張により,もやもや病変部への灌流圧低下(steal現象)が生じることがあります.
- そのため,正常やや高め(PaCO₂ 40〜45mmHg程度)で管理し,急激な変動を避けます.
術中体温管理の重要性
- 低体温では脳血流量が低下し,もやもや血管の血流も同様に低下します.また血液粘稠度の上昇も悪影響を及ぼします.
- 逆に高体温では脳代謝量が増加し,虚血に対する脆弱性が増大します.血管攣縮のリスクも上昇するとされています.
- そのため,中枢温や皮膚温をモニタリングし,正常体温の維持を行います.必要であれば加温・冷却,環境温の調節を行います.
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