📘【想定問題】緊急開腹術(消化管穿孔)

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症例設定

【患者】

  • 78歳男性.165cm,58kg(BMI21.3)

【現病歴】

  • 本日朝より腹痛が出現し,次第に増強.同時に悪寒・発熱も認め,午後に救急搬送された.腹部全体の圧痛と筋性防御を認め,腹部CTにてS状結腸の穿孔,腹腔内遊離ガスを確認.大腸憩室炎による穿孔と診断され,緊急手術が申し込まれた(S状結腸切除術,人工肛門造設術,腹腔内洗浄ドレナージ術).来院時よりショック状態であり,緊急外来での初期蘇生後,手術室へ入室となった.

【既往歴】

  • 高血圧症(15年前より)
  • 2型糖尿病(10年前より)
  • 慢性閉塞性肺疾患(COPD)(8年前より)
  • 陳旧性心筋梗塞(3年前,前下行枝にステント留置)
  • 慢性腎臓病(3年前より,eGFR 45ml/min/1.73m²)

【服用中薬剤】

  • アスピリン 100mg/日
  • クロピドグレル 75mg/日
  • アムロジピン 5mg/日
  • カンデサルタン 8mg/日
  • メトホルミン 750mg/日
  • グリメピリド 1mg/日
  • チオトロピウム吸入 18μg/日
【主な検査所見・バイタルサインなど】

バイタルサイン(初期蘇生後)

  • 体温: 38.5℃
  • 血圧: 86/48 mmHg(ノルアドレナリン 0.15μg/kg/min 持続投与中)
  • 心拍数: 125回/分
  • 呼吸数: 28回/分
  • SpO₂: 93%(酸素10L/分 リザーバーマスク)
  • 意識レベル: JCS I-1

血液検査

  • WBC 18,500/μL, Hb 11.2g/dL, PLT 9.8万/μL
  • Na 133mEq/L, K 3.8mEq/L, Cl 98mEq/L,
  • BUN 35mg/dL, Cr 1.8mg/dL
  • AST 45U/L, ALT 38U/L, LDH 280U/L, CRP 22.5mg/dL, Lac 4.8mmol/L
  • Glu 220mg/dL
  • PT-INR 1.3, APTT 42秒, Fib 580mg/dL, D-dimer 8.5μg/mL
  • 動脈血液ガス分析(room air):pH 7.32, PaO₂ 68mmHg, PaCO₂ 32mmHg, HCO₃⁻ 16mEq/L, BE -8.5mEq/L, SaO₂ 90%, Lac 4.8mmol/L

画像検査など

  • 心電図:洞性頻脈,下壁誘導でのQ波,V5-6で軽度ST低下
  • 胸部X線:両側下肺野の透過性低下,心胸郭比 54%
  • 呼吸機能検査(3ヶ月前の外来データ):VC 2.8L(80%予測値), FEV₁ 1.6L, FEV₁/FVC 57%
  • 心エコー(5ヶ月前の外来データ):左室駆出率 48%, 下壁運動低下, 軽度MR, 軽度AR
  • 気道評価:Mallampati分類 II, 開口度 3横指, 甲状頤間距離 >6cm, 頸部伸展制限なし
  • 腹部CT:S状結腸に憩室と周囲の遊離ガス,骨盤内を中心に中等量の腹水貯留, 腹部大動脈に中等度の石灰化所見

【経過】

  • 患者は救急外来で動脈ライン確保,カテコラミン投与,輸液負荷,抗菌薬投与による初期蘇生を受けた後,手術室に入室しました.全身状態は不安定で,敗血症性ショックの状態が続いています.
🖥️【搬入時バイタルサイン】
  • ECG: 洞性頻脈 120bpm
  • 観血的動脈圧(橈骨動脈): 85/50 mmHg (MAP 61)
  • SpO₂: 93%(酸素10L/分 リザーバーマスク)
  • 体温: 38.4℃
  • 薬剤投与: ノルアドレナリン 0.15μg/kg/min
Q1. 本症例のような消化管穿孔による敗血症性ショック患者の術前評価において,特に注意すべき点は何ですか?
  • 循環動態評価:敗血症性ショックの重症度評価(乳酸値,ScvO₂,血行動態指標)と初期蘇生の効果判定を行います.本症例では乳酸値4.8mmol/Lと高値であり,カテコラミン投与下でも低血圧が持続し,初期蘇生の効果が不十分な状態と評価できる.
  • 体液・電解質・酸塩基平衡異常:代謝性アシドーシス(BE -8.5mEq/L)があり,急性腎障害が進行している(Cr 1.8mg/dL,慢性腎臓病の増悪).
  • 臓器予備能評価:特に高齢者では,慢性疾患(本症例ではCOPD,CKD,陳旧性心筋梗塞)により臓器予備能が低下しており,周術期合併症リスクが高いとされています.
  • 抗血小板薬服用と出血リスク:抗血小板薬(アスピリン,クロピドグレル)服用中であり,休薬による血栓リスクと術中の出血リスクあり.
Q2. 本症例のような重症敗血症性ショック患者の周術期管理において,適切な抗菌薬選択と投与タイミングについて説明してください
  • S状結腸穿孔による腹膜炎では,腸内細菌(グラム陰性桿菌,嫌気性菌)をカバーする広域スペクトラム抗菌薬が必要です.
  • 選択としては以下などが推奨されます.
    • カルバペネム系(メロペネム 1g×3/日)
    • タゾバクタム/ピペラシリン 4.5g×4/日
    • セフェピム 2g×2/日 + メトロニダゾール 500mg×3/日
  • 投与タイミングは,敗血症診断後1時間以内の投与開始が理想(ゴールデンアワー)です.本症例では手術室入室前に初回投与済みであるべきです.
  • 追加投与(術中2回目)は通常3-4時間ごとに行いますが,抗菌薬の半減期や大量輸液による希釈効果等を考慮します.
Q3. 本症例の麻酔導入において適切な方法を選択し,その理由を説明してください.

導入法:ケタミン,フェンタニル,ロクロニウム,輪状軟骨圧迫による迅速導入を行います.

  • 消化管穿孔による腹膜炎患者であり,胃内容停滞と誤嚥リスク増大が予想されます.
  • 一方で敗血症性ショックにより循環動態が不安定であり,通常のRSIで使用されるプロポフォールでは血圧低下リスクが高いです.すでに呼吸不全があり,迅速な気道確保が必要なため.
  • ケタミンはプロポフォール等に比べると比較的循環動態を保つことができますが,本症例のような進行した敗血症性ショックでは,すでに内因性カテコラミンが枯渇している可能性が高いため,急激な循環抑制が起こる可能性もあるため,投与量は少なめに.
Q4. 導入後の人工呼吸器設定について説明してください.
  • 敗血症性ARDSを前提とした肺保護換気を行います.
  • 一回換気量6〜8mL/kgで初期設定.駆動圧20cmH₂O未満,プラトー圧は30cmH₂O未満.モードは好きなもので.
  • 動脈血酸素飽和度に応じた高めのPEEP設定.
  • 酸素飽和度の目標値は88〜95%程度(PaO₂で55〜80mmHg).
  • auto-PEEPを防ぐため,流量曲線を観察し,呼気時間を十分にとります.
  • 二酸化炭素貯留の許容(permissive hypercapnia.60Torr程度まで)

【経過】

  • 麻酔導入は問題なく行われたが,挿管直後に血圧が低下し,ノルアドレナリン増量とともに,輸液負荷を継続しています.右内頸静脈よりオキシメトリ付中心静脈カテーテルを挿入し,手術開始しました.
  • 開腹すると多量の膿性腹水が吸引されました.S状結腸に1.5cmの穿孔部位を確認.広範な腹膜炎の所見あり.手術開始から60分後,持続する循環不全に対して,輸液・輸血,カテコラミン増量を行っているが,改善に乏しい.
🖥️【手術開始60分後のバイタルサインなど】
  • ECG: 洞性頻脈 125bpm(時折PVC散発)
  • 観血的動脈圧: 74/40 mmHg (MAP 51)
  • CVP: 10 mmHg
  • SpO₂: 95%
  • EtCO₂: 25 mmHg
  • 体温: 37.0℃
  • 尿量: 15ml/hr(過去1時間)
  • 換気設定: PCV, PC 18cmH₂O, PEEP 8cmH₂O, RR 18/min, FiO₂ 0.6
  • 薬剤投与: ノルアドレナリン 0.3μg/kg/min,
Q5. どのような病態が考えられますか?また,この時点での輸液・循環管理について説明してください.

進行する敗血症性ショックと組織低灌流と急性腎障害の進行

  • 乳酸値の上昇(4.8→6.8mmol/L)は組織低灌流の悪化を示唆
  • 代謝性アシドーシスの進行(BE -8.5→-11.5mEq/L)
  • 持続する低血圧と頻脈:敗血症性ショックの遷延
  • 乏尿(15ml/時間,0.26ml/kg/時間)
  • 既存のCKDに加え,敗血症性ショックによる腎灌流低下
  • 大量輸液による腎うっ血の可能性

循環・輸液管理戦略

  • 目標はMAP≧65mmHg
  • 組織灌流改善の指標としては乳酸クリアランス,ScvO₂の改善傾向,尿量の増加を目指す.
  • この時点では輸液反応性評価が重要(SVV,PPV,受動的下肢挙上など)
  • 輸液反応性があれば晶質液を追加投与
  • Hb 8.5g/dLであり,組織酸素供給を考慮すると赤血球輸血適応(目標Hb >9g/dL)
  • ノルアドレナリンに加えてバソプレシン 0.03単位/分投与開始.
  • TEEで前負荷や収縮能を評価.敗血症性心筋障害の可能性もあり,心機能低下を認めた場合にはドブタミンの併用も検討します.

【経過】

  • 手術開始から120分後,突然SpO₂が低下し,換気圧が上昇.肺コンプライアンスの低下を認め,気道内圧が上昇している.同時に循環動態のさらなる悪化を認めた.
🖥️【手術開始120分後のバイタルサインなど】
  • ECG: 洞性頻脈 130bpm(心室性期外収縮の頻度増加)
  • 観血的動脈圧: 68/38 mmHg (MAP 48)
  • CVP: 12 mmHg
  • ScvO₂:55%
  • SpO₂: 88%
  • EtCO₂: 22 mmHg
  • 体温: 36.5℃
  • 尿量: ほぼ0.(過去1時間)
  • 換気設定: PCV, PC 20cmH₂O, PEEP 8cmH₂O, RR 12/min, FiO₂ 0.8
  • 吸気圧: 30cmH₂O(Peak)→ 36cmH₂O

動脈血液ガス分析:

  • pH 7.18
  • PaO₂ 58mmHg(FIO₂ 0.8)
  • PaCO₂ 42mmHg
  • HCO₃⁻ 11mEq/L
  • BE -14.0mEq/L
  • SaO₂ 87%
  • Lac 8.3mmol/L
  • Hb 7.8g/dL
Q6. この時点での呼吸管理上の問題点を挙げ,適切な対応を説明してください.

急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の発症:

  • P/F比 = 58mmHg/0.8 = 72.5mmHg(重症ARDS)
  • 気道内圧上昇(36cmH₂O)とコンプライアンス低下
  • 敗血症に関連した肺障害+輸血関連急性肺障害(TRALI)の可能性

循環不全との相互増悪:

  • 高いPEEPによる静脈還流阻害
  • 高い気道内圧による右心負荷
  • 低酸素血症による組織酸素供給不足

換気血流不均衡の増悪

  • 敗血症による血管拡張と肺内シャント増加
  • 高いFiO₂による吸収性無気肺

【対応】

  • 肺保護換気の継続・強化
    • 一回換気量制限:6ml/kg PBW以下
    • プラトー圧制限:30cmH₂O以下を目標
    • 適切なPEEP設定:酸素化と循環への影響を考慮して設定
    • 駆動圧(Driving Pressure)最小化:15cmH₂O以下
  • 肺胞リクルートメント
    • 短時間のリクルートメント手技
Q7. 本症例は高齢かつ複数の基礎疾患(冠動脈疾患,COPD,CKD,糖尿病)を有する患者です.敗血症性ショックからの回復過程において,これらの基礎疾患が予後に与える影響と,警戒すべき合併症を挙げてください.
  • 冠動脈疾患では,敗血症中の心筋酸素需給バランス悪化による心筋梗塞リスクが高まります.また抗血小板薬中断によるステント血栓症リスクも考慮が必要です.予防策として,適切な酸素化維持,貧血補正,頻脈への対処,適切な時期の抗血小板薬再開計画が重要です.すでに大変.
  • COPDでは,ARDSの発症リスクと人工呼吸器離脱困難のリスクが増大します.予防策として肺保護換気の厳密な適用,早期抜管を目指した鎮静管理,VAP予防バンドルの遵守が必要です.きびしそ.
  • 慢性腎臓病患者では,敗血症性急性腎障害の発症・重症化リスクが高く,腎代替療法依存のリスクも上昇します.予防策としては,適切な血圧維持,腎毒性薬物の回避,適切な輸液管理が重要です.むずかし.
  • 糖尿病患者では,易感染性と創傷治癒遅延,臓器障害リスクが高まります。インスリンを用いた血糖値140〜180mg/dLの維持,適宜血糖モニタリングを行います.条件わる.
  • 高齢であり,フレイルによる予備能低下と回復遅延が問題となります.早期離床・リハビリテーション,せん妄予防(ABCDEF bundle適用),適切な栄養介入が重要です.ここまでもってければいいけど.

警戒すべき主要な合併症

  • 多臓器不全の進行(もう起きてる)
  • 二次感染症(VAP,カテーテル関連血流感染症)
  • せん妄・ICU-acquired weakness,
  • 心血管合併症(心不全,心筋梗塞)があります。

【経過】

  • 腸管切除と人工肛門造設を行い,手術は終了しました.呼吸循環動態は不安定な状態が継続しています.挿管下でICUに入室しました.
🖥️【手術終了時のバイタルサインなど】
  • ECG: 洞性頻脈 115bpm
  • 観血的動脈圧: 82/45 mmHg (MAP 57)
  • CVP: 11 mmHg
  • SpO₂: 92%
  • EtCO₂: 35mmHg
  • 体温: 36.2℃
  • 尿量: 10ml/hr(過去1時間)
  • 薬剤投与: ノルアドレナリン 0.3μg/kg/min, バソプレシン 0.03単位/分

動脈血液ガス分析

  • pH 7.25
  • PaO₂ 80mmHg
  • PaCO₂ 40mmHg
  • HCO₃⁻ 14mEq/L
  • BE -10.5mEq/L
  • SaO₂ 92%
  • Lac 7.2mmol/L

その他血液検査

  • Hb 9.5g/dL
  • 血小板 8.5万/μL
  • PT-INR 1.6
  • APTT 42秒
  • 血糖 180mg/dL
Q8. ICU担当医に申し送りを行ってください.
  • 78歳男性,S状結腸穿孔による敗血症性ショックで緊急手術を行った患者さんです.
  • 術前合併症として高血圧,糖尿病,COPD,3年前の前下行枝へのステント留置後でアスピリンとクロピドグレルを内服中,慢性腎臓病があります.
  • S状結腸切除と人工肛門造設,腹腔内洗浄ドレナージを行ってます.術中に重度の急性肺障害を発症し,P/F比は80弱まで低下しています.現在の設定は「⚫⚫」となっています. 
  • 循環はノルアドレナリン0.3μg/kg/分,バソプレシン0.03単位/分で維持していましたが,まだMAPは57mmHg程度です.尿量もまだ回復しているとは言い難いです.アシドーシスも重度で,乳酸値もやや回復傾向ですが,高い状態です.
  • 輸血もRCC,FFP,血小板輸血を行い,現在Hbは9.5g/dL、血小板8.5万、PT-INR 1.6です。アスピリン・クロピドグレルは術前休薬できていないため,術後も出血に注意が必要です.
  • 抗菌薬はメロペネム1g×3/日で開始し、術中に2回目を投与しています。次回は6時間後の予定です。
  • 重症ARDSへの対応として,腹臥位療法の適応があれば早期に検討をお願いします.腎機能悪化については早期にCHDFを行う検討をお願いします(準備してると思う).
Q9. 家族が現在の状態の説明を求めています.対応してください.
  • お父様のお腹の中でS状結腸という腸の一部に穴が開き,腹膜炎を起こして全身に感染が広がる敗血症という状態になっています.外科の先生からもお話があったかと思いますが,手術では穴の開いた腸を切除し,一時的な人工肛門を造設しました.また,お腹の中を十分に洗浄しています.
  • 現在の状態ですが,全身の感染症による影響がまだ強く残っています.血圧を維持するための薬を使っており,肺にも炎症が及んでいるため,人工呼吸器を使って呼吸を助けています.また,腎臓の働きも低下しています.このような状態はしばらく続くと思われ,場合によっては生命の危険がありますので,集中治療室で24時間体制の管理が必要です.
  • もともとお父様は高血圧や糖尿病、肺の病気、心臓の病気など様々な持病をお持ちですので,回復には時間がかかると思います.特に高齢の方が敗血症になると,ある程度回復し呼吸の管が抜けた後でも,せん妄という一時的な混乱状態になることもありますし,筋力が落ちることもあります.
  • 今後の治療方針としては,抗生物質を続けながら全身状態の改善を図り,状態が安定したら人工呼吸器を外していくことを目指します.また,早い段階からリハビリを始めて,筋力低下を最小限に抑えたいと考えています.
  • 質問があればいつでもお聞きください.状態の悪化など,大きな変化があればすぐにご連絡いたいします.
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