症例設定
【患者】
- 39歳女性.G1P0.妊娠37週1日.155cm,72kg(非妊娠時65kg).BMI30
【現病歴】
- 妊娠高血圧症候群(重症,蛋白尿あり)で入院加療中.胎児心拍数陣痛図で胎児徐脈(遅発一過性徐脈)が出現し始めた.胎児機能不全の診断で,帝王切開が申し込まれた.昨日より頭痛あり,本日朝より悪化
【既往歴】
- 妊娠高血圧症候群:妊娠32週から血圧上昇,妊娠35週から蛋白尿(+2)
- 2型糖尿病
【投与中薬剤】
- 妊娠前はDPP-4阻害薬(シタグリプチン50mg/日)内服.妊娠判明後はインスリン療法に変更(現在はインスリンアスパルト4-6-6単位)
- ニフェジピン(20mg 1日3回)内服中
【主な検査所見・バイタルサインなど】
バイタルサイン
- 血圧170/105mmHg,心拍数96/分,SpO₂ 98%(room air),体温 36.8℃
血液検査など
- Hb 10.8g/dL,Ht 33%,Plt 15.2万/μL,PT-INR 1.03,APTT 28秒
- AST 45U/L,ALT 38U/L,LDH 280U/L,Cre 0.78mg/dL,尿酸 6.5mg/dL
- 血糖値:132mg/dL(2時間前食後)
- 尿検査:蛋白(+3),糖(+),潜血(-)
画像検査など
- 12誘導心電図:洞性頻脈,左室肥大所見なし
- CTG:基線150-160bpm,基線細変動減少,遅発一過性徐脈×3回/20分
身体所見
- 顔面・下肢に中等度浮腫あり 眼瞼結膜:蒼白なし,眼球結膜:黄染なし
- 気道評価:Mallampati分類 Class II,甲状軟骨-オトガイ間距離 6.5cm
Q1. この患者の周術期リスク評価を行い,術前準備として重要な点を挙げてください.
- 妊娠高血圧症候群
- 重症高血圧(収縮期血圧160 mmHg以上,拡張期血圧110 mmHg以上)であれば降圧療法(ヒドララジン,ニカルジピン等)の調整が必要.
- 持続的にBPをモニタリング可能な体制(重症の場合は観血的動脈ライン)を検討.
- 全身麻酔になった場合,咽頭〜喉頭粘膜浮腫等による気道確保困難の可能性あり.肥満もあるためDAMカートは準備しておく.
- 2型糖尿病
- 内服は中止し,以降は速効型インスリンによるスライディングスケールを用いる.高血糖・低血糖ともに注意する.
- 肥満
- 背中お肉付きタイプでは区域麻酔穿刺困難の可能性.難しそうならエコーを補助的に使用する.
- 全身麻酔になった場合は気道確保困難の可能性あり.DAMカート等準備する.
- HELLP症候群や子癇の徴候のチェック
- 肝酵素の上昇や血小板の徴候がないか(本症例では今のところOK)
- HELLP症候群は術後にも発症するため注意する.頭痛・上腹部不快感といった重症化徴候あり.
Q2. 子癇発作予防のために用いられる薬物とその投与法,注意点について説明してください.
- 硫酸マグネシウム(マグネゾール)4〜6gを20分かけて静注し,その後1〜2g/時で持続投与します(48時間継続投与が基本).
- マグネシウムの目標血中濃度は4〜7mEq/L(2〜3.5mmol/L)程度です.
副作用と対策
- 呼吸抑制:SpO₂と呼吸数の継続モニタリング
- 筋弛緩作用:深部腱反射減弱・消失(4.5mEq/L以上で減弱,7mEq/L以上で消失)
- 心抑制・血管拡張:血圧低下に注意
- 非脱分極性筋弛緩薬の作用増強:投与量調整が必要
Q3. 本症例の麻酔はどのように計画しますか?また選択した麻酔のデメリットを説明してください.
- 区域麻酔の禁忌事項はないため,硬膜外麻酔併用脊髄くも膜下麻酔(CSEA)を第一選択とします.デメリットとしては,穿刺困難の可能性(肥満・浮腫),血圧低下による母体・胎児への影響,今後HELLP症候群を発症した場合の血腫のリスクなどがあります.
- 穿刺困難リスクと,分娩までの時間を短縮するため全身麻酔を行います.デメリットとしては,肥満,DHPに伴う粘膜浮腫等による気道確保困難リスク,sleeping babyのリスクがあります.
⏩【経過】
- 硬膜外穿刺をL1/L2から,脊髄くも膜下麻酔をL3/4から行いました(もちろん同部位でもいいです).
- 脊髄くも膜下麻酔による効果が不十分です(産科医はイライラしています・・).あなたはL1/L2から挿入した硬膜外チューブから0.375%レボブピバカインを10mL投与しました.投与後まもなく意識が消失し,血圧および酸素飽和度が低下しました.
🖥️【急変時のバイタルサイン】
- 血圧: 65/40 mmHg(急激な低下)
- 心拍数: 45/分(徐脈)
- SpO₂: 88%(急激な低下)
- 呼吸数: 8/分以下(表在性)
- 意識: 消失
Q4. 何を考えどのように対応しますか?
- 硬膜外カテーテルがくも膜下腔に迷入していたことによる,全脊髄くも膜下麻酔が生じたと思われます.
- 100%酸素投与を開始し,急速輸液,アトロピン,血管収縮薬(フェニレフリン)やエフェドリン,カテコラミンの投与を開始します.
- 胎児も危険な状態に陥るため,全身麻酔に移行し,児の娩出を急ぎます.
- 麻酔薬はケタミン,ロクロニウム,フェンタニルを使用した迅速導入を行います,気管挿管はビデオ喉頭鏡を使用します.
⏩【経過】
- 全身麻酔へに移行はスムーズに行われました.カテコラミン投与下に血圧は比較的安定.幸い児も一時的に蘇生処置を行いましたが,大きな問題なく,念のため新生児科管理のもとNICUに入室となりました.
Q5. 手術は終了しましたが,患者は覚醒しません.どのように対応しますか?
- 最も疑われるのは,全脊髄くも膜下麻酔の影響です.こちらに関しては局所麻酔薬の効果が減弱するのを待つしかないため,循環管理,人工呼吸管理を行いながらICUで経過観察を行います.
- 念のため筋弛緩残存の確認(硫酸マグネシウム投与中患者では筋弛緩薬の効果遷延が見られる),瞳孔不同の確認,その他の電解質異常の有無,血糖値異常の有無は確認しておきます.
補足・解説
- マグネシウムは神経筋接合部遮断と中枢神経抑制作用があり,特に血中濃度7mEq/L以上で顕著になります.血中マグネシウム濃度を測定し,高値であればグルコン酸カルシウム1gの投与を検討します.
⏩【経過】
- 術後数時間して徐々に覚醒し,意識・呼吸・循環が安定していることを確認して抜管しました.抜管して数時間後,強い頭痛,上腹部を含む腹部痛を訴えています(硬膜外チューブはすでに抜去しています).
Q6. 現在の病態として何が疑われますか?必要な追加検査と治療について説明してください.
- HELLP症候群:産後にも発症することがあります.採血を行い,血小板,肝酵素の上昇をチェックします.頭部CT(脳浮腫,脳出血)も検討.血圧管理とマグネシウムの継続を行い,子癇(痙攣)を予防します.
- 単純に創部痛→IV-PCAやNSAIDs,アセトアミノフェン使用(肝酵素上昇があれば避ける).
- PDPHの頭痛(発症には早いけど・・)
⏩【経過】
- 血小板減少や肝酵素の上昇があり,HELLP症候群が疑われましたが,その後の治療で徐々に改善が見られました.
- 術後に今回の事例(全脊髄くも膜下麻酔)についての,症例カンファレンスが行われました.施行医は麻酔科専攻医でした.硬膜外チューブを留置した際には1%リドカイン3mLによるテストドーズを行ったと主張しています.
Q7. なぜこのようなことが起こったと考えられますか?また,それを予防する方法にはどのようなものが考えられますか?
- おそらくテストドーズで投与したのは,抵抗消失法に使用した生理食塩水だったかと.
- おそらく破棄されていると思いますが,局所麻酔薬投与量(浸潤麻酔+テストドーズ)とシリンジの残量がわかれば確認できます.
- アドレナリン添加をしていれば,心拍数上昇や血圧上昇が見られるため,気付いた可能性はありますが,子宮胎盤血流への影響の懸念から添加を行わない施設も多いです.
再発防止策
- 手技の標準化の徹底.
- テストドーズ用の薬液は事前に別に準備する(専用注射器).
- 用意する時,投与時のダブルチェック.
補足・解説
- そんなことある?と思いますが,実際に昔あったと聞いたことがあります・・😅
- 手技を急がざるを得ないような場合や,穿刺がうまくいかない場合は周囲からのプレッシャーもあり,ミスが起こしやすい状況になり得ます.
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