32歳女性。身長155cm、体重62kg。妊娠38週。前回帝王切開術の既往がある。前置胎盤の診断で3日前より入院し経過観察していた。本日昼食をとった後、15時頃腹痛を伴った約300gの性器出血と胎児徐脈を認めたため、緊急帝王切開術が予定された。術前血圧は150/100mmHgであり、尿蛋白は2+であった。
1)術前評価と管理
①この患者の術前状態における問題点を重要と思われる順に列挙してください。
- 前置胎盤における性器出血、胎児徐脈(胎児仮死の可能性)。術中大量出血の可能性有
- 既往帝王切開の前置胎盤であり、癒着胎盤の可能性がある(既往帝王切開で前置胎盤における癒着胎盤の可能性は5〜10%程度)。
- フルストマック
- 妊娠高血圧症候群(妊娠高血圧腎症:子癇前症)
②術前の問題点をさらに評価するための情報、身体所見について述べてください。
- バイタルサイン(頻脈や血圧低下はないか?)
- 下腿浮腫の有無
- 事前にMRIなどで癒着胎盤の診断がついているかの確認。
採血(血算、生化、血液型、クロスマッチ、凝固系、FDP)。HELLP症候群の徴候がないか? - 胎児心拍モニタリング、胎児エコー。胎盤早期剥離を来していないか?
- 最近の血圧コントロール状態・投薬内容など
③その問題点解決のために、術前にすべきことを述べなさい。
- 末梢静脈ラインは最低2本(1本はできれば16G以上)。輸血の準備・確認。マンパワーの確保。
- 動脈ラインの術前の確保。
- 時間に余裕があれば(ないと思うが)、胃管を挿入し、できるだけ胃内容物を吸引する
- H拮抗薬やメトクロプラミドを投与。
- 患者本人及び家族に、大量出血のリスクについての十分な説明。状況によっては手術終了後抜管せずICUへ入室となることも含めて。
- いざ出血が起これば迅速な行動を!
2)麻酔法および術中管理
①どのような麻酔法を行うかについて具体的に述べてください。
- 出血と胎児徐脈が継続しており、母体のバイタルサインも不安定であるならば全身麻酔を選択する。
- 状態が落ち着いており、凝固異常なども見られていないようであり、人手にも余裕があるようであればCSEA、あるいは脊髄くも膜下麻酔単独も可能ではあると思われる。
導入薬や維持などは施設毎にバリエーションがあるとは思います。
導入は迅速導入。十分な酸素化と頭高位、輪状軟骨圧迫し、プロポフォール(母体の血圧が低下傾向であればケタミン)、ロクロニウム(0.9mg/kg以上)で導入。挿管チューブは細め(6.5mm)を使用する。 - 維持は胎児娩出までは少量セボフルランと亜酸化窒素を使用。娩出後はレミフェンタニル及び適宜フェンタニルを使用。子宮収縮が不良な場合はセボフルランを中止して、プロポフォールなどの持続静注に切り替えを考慮する。
②その麻酔法が他の麻酔法に比べてこの患者で優れている点、および欠点について述べてください。
- 【短所】
フルストマックであり、導入時に誤嚥のリスクがある。
妊娠高血圧症候群では声門周囲の浮腫を伴いやすい(ただでさえ妊婦は気道が浮腫傾向)ので、気道確保困難のリスクがある。
血圧上昇や肺高血圧により、脳出血や肺水腫を発症するリスクがある。
麻酔薬(プロポフォール)の胎盤移行により、児の抑制を生じる可能性がある。筋弛緩薬の胎盤移行はわずかなのでそれほど気にすることはない。 - 【長所】
執刀までの時間が短縮できる。
血圧の変動が脊髄くも膜下麻酔に比べて緩やかである。
大量出血やそれに伴う循環動態の変動、凝固障害、大量輸血・輸液にも対応しやすい。
3)術後管理
①この患者が術後に起こす可能性のある合併症を列挙してください。
- けいれん(産褥期子癇)
- 術後出血(弛緩出血も含む)、凝固能障害(DICなど)
- 肺塞栓症
- 大量出血しており、輸血をしていればそれに伴う合併症(TRALIなども)
- 誤嚥性肺炎(誤嚥していれば)
- PONV
- PDPH(CSEAなど選択していれば)
4)周術期危機管理
①術中胎便による羊水混濁と臍帯巻絡を認め、かつ娩出された児は気道吸引、皮膚刺激などに対する反応が極めて乏しかった。新生児の状態を定量的に評価する方法について述べよ。
- Apgarスコアで評価します。
- Apgarスコアは心拍数、呼吸努力、色調、反射興奮性、筋緊張の5項目で評価します。各項目0~2点で合計0~10点で 評価します。評価のタイミングは娩出後1分と5分後です。