はじめに

無痛分娩の依頼があったので,診察してきました!



おつかれさん.



普通の帝王切開のときの術前評価と,無痛分娩の場合は何か違うんですか?



そうね.術前評価自体は既往歴とか,妊娠高血圧症候群ある患者さんの評価,気道評価,背中の診察とか共通することも多いけど,いくつか違いはあるね.



無痛分娩でも気道評価するんですか?



もちろん.無痛分娩中の異常で帝王切開に移行することもあるからね.しかも妊婦は非妊娠時に比べてMallampati分類が1〜2段階上がる場合があるしCormack分類でもグレードが若干悪化するという報告もあるよ,特に妊娠高血圧症候群を合併している場合は,喉頭や咽頭の粘膜が浮腫を起こしている場合もある.



あと,先天性心疾患がある患者さんでも,負担軽減のために選択されることがありますね.



そうだね.現在では心臓外科の手術の成績が向上して,元々重症だった先天性心疾患患者さんもお子さんをもうけることが多くなってるね.ただし,その場合は心臓外科の主治医含めて色々と協議が必要だけどね.



他にはどんなことがあります?



まっすー先生,試験だと思っていくつか挙げてみて.



えっと,緊急性の違い,麻酔法第一選択の違い,絶飲食管理の違い,必要麻酔域の違い,術後鎮痛管理の違いとかですかね.



そうだね.では詳しく見ていこうか.
無痛分娩前の母体評価の意義
はじめに
無痛分娩(硬膜外鎮痛)を安全に行うためには,分娩前に母体の状態を適切に評価し,リスクを把握することが重要です.これは一般的な帝王切開の術前評価と基本的な考え方は共通しますが,「計画手術」である帝王切開と,あくまで「自然経過に左右される」無痛分娩ではいくつか決定的な違いがあります.
帝王切開の既往がある場合や,骨盤位や児頭骨盤不均衡(CPD)などを理由とした選択的帝王切開は日時が決まった手術であり,術前に十分な検査・準備が可能です.一方,無痛分娩は陣痛発来に合わせて麻酔を行うためタイミングが読みにくく,母体の状態変化に即応する必要があります.このような背景から,無痛分娩前の評価では「緊急時を見据えたリスク管理」が特に重要です.
例えば,高リスク妊娠(重症妊娠高血圧や多胎など)や麻酔リスク(気道確保困難の可能性,肥満など)がある場合は,帝王切開になった際に全身麻酔を回避できるよう,早めに硬膜外カテーテルを留置することも検討されます.必要に応じてすぐ帝王切開へ移行する可能性があるためです.
また,無痛分娩では手術ではなく痛みの緩和が目的のため,母体の意識は保たれます(鎮静もしない).麻酔科医は産婦の希望に応じて鎮痛の程度を調節し,長時間にわたる陣痛の経過と,刻々と変わる産婦の状態を評価しながら管理を行う必要があります.
帝王切開麻酔では一定の麻酔レベル・範囲(一般に胸髄レベルまでの十分な麻酔)を短時間で得ますが,無痛分娩では必要最小限の麻酔効果で陣痛の痛みを和らげつつ,分娩の進行に合わせて効果を調節する柔軟性が求められます.
このように無痛分娩前の母体評価は,「いつ陣痛が来ても安全に麻酔を開始でき,合併症に迅速に対応できる準備」を整えることが最大の意義です.事前に麻酔科外来で無痛分娩の説明と評価を行うことで,母体のリスク因子の把握や緊急時のスムーズな対応ができるだけでなく,妊婦さんも安心して分娩に望むことができます.



やっぱり無痛分娩気を使いますよねぇ



そうだね.他には,ADPや局所麻酔薬中毒など,硬膜外麻酔自体のリスクもあるし,常に帝王切開にコンバートする可能性は念頭に置かなければいけないし,決して楽ではないね.
母体評価の比較:無痛分娩 vs. 帝王切開
既往歴・妊娠経過・全身状態の評価
無痛分娩でも帝王切開でも,まず母体の既往歴や妊娠中の経過,現在の全身状態を把握します.特に,心疾患(昔に比べて先天性心疾患の予後もよくなっている)や糖尿病といった全身疾患の有無,麻酔歴やその合併症歴(アレルギーや術中合併症など),背部のお肉のつき方,棘突起は触れるかなど,脊椎の状態など確認します.選択的帝王切開の場合,こうした情報は術前にゆとりをもって収集できますが,無痛分娩では急に麻酔を行う状況もあり得るため,前もって診察をしっかりと行っておきましょう.
妊娠経過中に合併症(胎盤異常や妊娠高血圧症候群,糖尿病など)が発生していれば,その重症度と管理状況を把握し,産科医とも共有しておく必要があります.
術前検査に関して,ASA(米国麻酔科学会)のガイドラインでは,健康な産婦に対してはルーチンの検査(血液検査など)を必須とせず,リスクに応じて個別に判断することが推奨されています.これは無痛分娩自体は出血や侵襲が少ないからです(まぁ,日本ではたくさん検査されますけどね😅).ただし「リスクがない」ことを確かめるための問診・身体診察が重要であり,特に全身状態では気道評価(開口状態,歯や顎の形態,Mallampati分類など)は通常通り確認が必要です.無痛分娩中のトラブルや合併症が生じ,帝王切開(特に全身麻酔下)となる可能性を考えると,困難気道の徴候がないかを事前の段階で把握しておくことは超重要です.
また,無痛分娩では陣痛中にも適度な水分・エネルギー補給を行うため,絶飲食の程度も帝王切開とは異なります.帝王切開では通常術前6~8時間の固形物摂取禁止・2時間前からの飲水禁止が行われますが,無痛分娩では適度な清澄水(お茶,スポーツドリンク等含む)の摂取は容認されることが多いです(もちろん緊急手術のリスクがあるため,がぶのみはNGですが).



まぁ,分娩が長くなることを考えたら全く飲水禁止はつらいですしね・・.長丁場になる場合もあるし.



まぁね.私も出産に立ち会ったけど,やっぱり大変そうだもんね.無痛分娩ではなかったけど.基本的に評価は”帝王切開になっても困らない”ことを心がけよう.
凝固能・出血リスク評価の違い
一般的に硬膜外麻酔では穿刺・カテーテル留置に伴う血腫のリスクがあり,凝固能低下は硬膜外血腫など重篤な合併症につながる可能性があります.帝王切開では術前に血小板数,凝固能が確認されます.
一方,無痛分娩では正常妊婦であれば必ずしも直前の凝固検査を行わない場合もあります.例えば健常な経産婦が計画無痛分娩のため入院してきたケースでは,既往歴と妊娠経過から凝固障害のリスクが低ければルーチンのPT/APTTや血小板数測定を省略することもあります(でも日本では普通検査されます).
しかし以下の場合には無痛分娩であっても必ず凝固能評価を行います
- 妊娠高血圧症候群で高血圧の程度が強い,
- HELLP症候群の疑いがある
- 胎盤早期剥離やDICのリスクがある,
- 肝機能異常や凝固因子異常を示唆する症状がある,
- 抗凝固薬を使用中の場合 など.
一般的に産科麻酔では血小板数が十分(明確な基準は状況により個別判断になりますが,おおよそ≧8〜10万/μLが一つの目安)であれば硬膜外麻酔は一応安全と考えられています.最近の国際コンセンサス(後述)でも血小板数7万/μL超であれば脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔後の硬膜外血腫のリスクは極めて低いと報告されています.逆に7万/μL未満ではリスクが明確ではなく,5万/μLを下回るような重度の血小板減少では硬膜外麻酔は避ける方が合理的とされています.
帝王切開では術中出血そのものへの備えも必要なため,出血リスク評価も無痛分娩と異なります.具体的には,前述の胎盤異常(前置胎盤や癒着胎盤),多胎妊娠,巨大児や子宮筋腫合併など,分娩時出血量が増える要因がある場合には,帝王切開前に輸血の交差適合試験を行い血液製剤を確保しておきます(または自己血輸血).
無痛分娩では通常分娩に準じた出血(経膣分娩の平均出血量は数百mL程度)のため,リスクが高くない限りルーチンで輸血準備をする必要はありません.しかし,無痛分娩から緊急帝王切開へ移行する場合もあるため,入院時にあらかじめ血液型・抗体スクリーニングは確認しておく施設も多いと思います.
ポイントは,無痛分娩では「麻酔関連の出血リスク(硬膜外穿刺)」を,帝王切開では「手術関連の出血リスク」を評価するという視点の違いです.



凝固異常とか血小板減少とか,迷ったら刺さないのが原則ですけど,妊婦さんだと全麻したくないし悩ましいですね.



普段はそういった妊婦さんが多いわけではないけどね.下の文献にもあるけど,とりあえず最低7万あることと,HELLP症候群などの病態が進行していないことの確認は必要だね.



帝王切開で大量出血してDICになったりするのをたまに見ると,刺さなくてよかった・・・と思うことありますもんね.
ルート確保・硬膜外麻酔に関連する要素
無痛分娩開始前には確実な静脈ルートの確保を行います.多くの無痛分娩マニュアルで「硬膜外鎮痛開始前に確実に点滴ルートを取り,必要に応じて輸液を開始しておく」と明記されています.主な理由は硬膜外麻酔による急激な血圧低下に備えて輸液や昇圧薬を迅速に投与できるようにするためですが,全身麻酔や大量出血への対応が必要になった場合にももちろん役立ちます.
また,無痛分娩中は分娩室で行うため麻酔器が常備されていない施設もありますが,モニタリングは硬膜外麻酔開始時から適切に行う必要があります.硬膜外麻酔を開始する際に心電図モニタやパルスオキシメーターを装着し,局所麻酔薬注入後は頻回に血圧測定を行って母体のバイタルサインを観察します.帝王切開では手術室で標準的なモニタ(心電図・血圧計・SpO₂,全身麻酔時はカプノメータなど)でモニタリングしますが,無痛分娩でも導入時~鎮痛効果が安定するまでは同等の管理が求められます.無痛分娩だからといってモニタを省略するのはNGです!
また,無痛分娩では麻酔科医やスタッフの待機体制にも注意が必要です.無痛分娩は緊急帝王切開と同様,24時間いつでも発生し得るため,適切なオンコール体制の整備が不可欠です(体制確保ができずに産科自体がなくなる場合もありますし).
日本産科麻酔学会や日本麻酔科学会の提言でも,無痛分娩を行う施設では麻酔科医または研修を修了した産科医が迅速に対応できること,十分なスタッフ数で管理することが強調されています(無痛分娩に関する安全体制の提言より).実際,「麻酔科医が担当する硬膜外無痛分娩」を標榜する施設も増えており,研修を受けた産科麻酔認定助産師の配置なども進められています.
みなさんも赴任する場合(特に医局を離れて就職する場合),「夜間は麻酔科医が不在だが無痛分娩を行うのか?」「緊急帝王切開時にどのように麻酔管理を引き継ぐか」といった点も重要です👍



浮腫ってるときのエピとか脊髄くも膜下麻酔はほんとに困りますね・・.特に肥満がある場合😥.まぁそれ以前にルートも全然見えない場合もありますし・・.18Gなんてとてもとても・・なときとか



普通の帝王切開のときに何度か難渋したことがある.その時はエコーを使ってルートをとったんだけど,硬膜外穿刺,腰椎穿刺はエコーつかってもうまくいかず,最終的に全身麻酔になったことがある・・😓



麻酔科スタッフや看護師さん,産科ドクターのオンコール体制を考えるとなかなか中規模の施設では無痛分娩まで手が回らないところも多いですよね.



もともとやってたけど,麻酔科医や産科医の退職で維持できなくなる場合もあるからね
妊娠高血圧症候群(特に妊娠高血圧腎症)の場合の追加評価
妊娠高血圧症候群(いわゆる子癇前症・子癇を含む重症妊娠高血圧,HELLP症候群など)は麻酔管理上ハイリスクであり,専門医試験に出題される産科麻酔は,ほぼほぼHDPの合併症例です😅.この場合,無痛分娩を行うか帝王切開とするか自体が母児の状況によって判断されますが,いずれにせよ麻酔関連の評価・準備が重要になります.
おそらく試験では無痛分娩だけで終わることはなく,緊急帝王切開にコンバートします!笑
まずは血圧管理が重要になります.重度の高血圧妊婦では陣痛や痛みでさらに血圧が上昇し脳出血の危険がありますが,硬膜外無痛分娩により痛みが緩和されると血圧上昇が抑制され安定する利点があります.
ただし,硬膜外麻酔の交感神経遮断によって急激な血圧低下を招く可能性もあり,降圧薬・昇圧薬双方の準備が必要になります.
高血圧は収縮期血圧160mmHg以上または拡張期血圧110mmHg以上を治療開始の基準とし,降圧目標は140〜160/90〜110mmHg程度です.これより低くすると子宮胎盤血流が低下する可能性があるため注意が必要です.
高血圧腎症と呼ばれるように,重症例では腎機能低下(尿量減少や血中クレアチニン上昇)がみられます.腎機能低下時は一部麻酔薬の代謝・排泄遅延も考えられますが,硬膜外麻酔薬で行うことができればほとんど問題にはならないでしょう.しかし,全身,特に背部に浮腫を生じている場合,硬膜外麻酔自体が困難になる可能性は十分にあります.
血小板数・肝機能・凝固系系の検査は妊娠高血圧症候群,特にHELLP症候群(溶血・肝酵素上昇・血小板減少)発症リスクがある場合では特に重要です.特に血小板数は硬膜外麻酔施行の可否を左右します.前述のように目安として10万/μL以上あれば安全域とされますが,妊娠高血圧症候群では時間経過とともに血小板が減少する可能性があります
エビデンス(下記ASAのガイドライン)では,入院時に10万/μL以上あった血小板が72時間以内に10万未満に急降下するケースは稀とされていますが,HELLP症候群の患者では起こり得ます.そのため,HELLP症候群リスク例では6時間毎に血小板を再検するなど頻回なモニタリングも推奨されています.重症の場合,硬膜外麻酔を続行すべきか,全身麻酔による帝王切開に切り替えるかの判断する必要があります.
妊娠高血圧の妊婦に無痛分娩を提供すること自体は,痛みによる血圧上昇を抑え母体・胎児に有益であるため適応があれば積極的に行うべきとされています.ASAガイドラインや国内の見解でも,重症高血圧妊婦で明らかな凝固異常がなければ早期に硬膜外鎮痛を開始し,万一の帝王切開にも対応できるようにしておくことが推奨されています.
ではどんな場合に硬膜外麻酔ではなく全身麻酔を選択するかですが,妊娠高血圧症候群で問題となるのは前述の重篤な血小板減少・DICや意識レベル低下(脳出血や肝不全の懸念)がある場合です.このような場合は無痛分娩どころではなく,緊急帝王切開を全身麻酔で行い速やかに娩出・母体救命を図ります.
全身麻酔下帝王切開では,気道確保の準備(妊娠高血圧では軟部組織の浮腫により挿管困難や粘膜からの出血が起こりやすくなる)や,気管挿管時の極端な血圧上昇を避ける対策(適切な麻酔薬・麻薬投与),術中の大量出血に備えた体制整備など,通常の帝王切開以上に神経を使います.
妊娠高血圧症候群の産科麻酔では「区域麻酔で管理できるかを見極め,可能なら硬膜外麻酔で母体への負担を減らす」「困難な場合は全身麻酔に速やかに踏み切る」という判断が重要になります.
専門医試験でも,例えば「重症子癇前症の初産婦が無痛分娩を希望している.留意すべき評価項目と麻酔管理上の対応は?」といった問われ方をする可能性があります.この場合にスムーズに血圧管理・凝固能評価・麻酔方法の選択について答えられるよう,上記ポイントを整理しておきましょう!



まぁ試験ではコンバート症例出しますよね



質問数考えると無痛分娩だけでは問題数維持できないからね.メタ的な発現だけど😅.HDP症例の評価はまた普通の帝王切開のところで取り上げるとしよう.



産科麻酔は合併症の宝庫ですしね.出て欲しいような,出て欲しくないような・・.
ガイドラインや文献情報
日本産科麻酔学会・日本麻酔科学会の推奨
日本において無痛分娩の安全管理体制が議論されたのは意外と近年のことで,2018年に厚生労働省の医療部会で「無痛分娩の実態把握及び安全な提供体制の構築に関する提言」がまとめられ,産科麻酔に関与する学会(日本産科麻酔学会:JSOAP,日本麻酔科学会など)も協力してガイドライン策定や講習会開催に取り組んでいます🙇♂️
無痛分娩の実態把握及び安全な提供体制の構築に関する提言(PDF:厚生労働省)※外部リンク
主なポイントとしては,無痛分娩を行う医療機関は麻酔科医または十分な研修を受けた産科医が麻酔を担当し,異常時に即応できる体制を整えること,定期的に症例検討や研修を実施して技術と知識を維持向上させることが挙げられます.また,日本産科麻酔学会の「周産期・産科麻酔教育ガイドライン」(2023年)では,産科麻酔を担当する麻酔科医が習得すべき知識として無痛分娩開始前の母体評価項目が詳述されています.
例えば,妊産婦のASA-PS分類の評価,産科的異常(前置胎盤や常位胎盤早期剥離など)の麻酔への影響,妊娠に伴う生理学的変化(体重増加や気道浮腫,マスク換気・気管挿管困難の増加など)への理解,妊娠高血圧や心疾患合併例の管理指針,といった内容が挙げられます.ちなみに現在のところ,日本麻酔科学会自体からは産科麻酔に特化したガイドラインは現在のところ出されていません.
周産期・産科麻酔教育ガイドライン(PDF:日本産科麻酔学会ウェブサイト)※外部リンク
さらに,無痛分娩に関連する有害事象の全国調査や,無痛分娩取扱医師の研修履歴の公開制度なども整備が進んでおり,日本全体で安全な無痛分娩を推進する流れになっています.
ASA(米国麻酔科学会)・SOAP(産科麻酔周産期学会)国際的なコンセンサス
ASAは2016年に産科麻酔に関するPractice Guidelinesを改訂しており,無痛分娩前の評価・準備についても詳述しています.その中で特に強調されているのがフォーカスした問診・身体所見と必要に応じた検査の個別判断です.
Practice Guidelines for Obstetric Anesthesia(PDF)※外部リンク
ASAガイドラインの要点
- 問診・身体診察
- 妊産婦の病歴(産科的背景も含む)と診察によりリスク因子を評価する.背中の診察も行い硬膜外麻酔が可能か,困難な可能性があるかを判断する.
- 血小板数検査
- ルーチンの血小板検査は健康な妊婦には不要.ただし重症子癇前症などが疑われる場合や臨床的兆候がある場合は個別に判断する.
- 血液型・交差適合試験
- 健康で出血リスクの低い妊婦にルーチンで交差適合試験を行う必要はない.ただし胎盤異常など出血が予想される場合や施設の方針に応じて行う.
- 胎児心拍モニター
- 硬膜外麻酔施行前後には胎児心拍の評価を行う(継続的モニタリングは施設状況によるが,少なくとも麻酔直後に一過性の徐脈などがないか確認する).
- 絶飲食について
- 上述のように陣痛中の適度な清澄水摂取は容認されるが,固形物は避ける.予定手術(帝王切開)は2時間前まで清澄水可,6~8時間前から固形物禁止とする.
SOAP/国際コンセンサス
SOAP/国際コンセンサス(PDF)※外部リンク
特に血小板数と区域麻酔の安全性について最新の知見が更新されています.2021年にSOAPやASRA(区域麻酔学会)などが合同で発表した,産科患者の血小板減少時の硬膜外麻酔に関するコンセンサスによれば,血小板数が7万/μLを下回る場合の硬膜外麻酔施行は症例ごとにリスクとベネフィットを慎重に評価すべきとされています.逆に言えば,7万/μL以上あれば産科麻酔における硬膜外血腫のリスクは極めて低いことが示唆されており,一部の研究では7万~10万/μLの範囲で硬膜外麻酔を実施しても血腫発生率は0.2%未満だったとの報告もあるようです.
このコンセンサスは,今まで明確な基準がなかった「血小板は何万あれば穿刺がGoか」という疑問に一定のエビデンスを示した点で注目されており,専門医試験でも「血小板○万程度なら硬膜外麻酔可」といった判断の根拠として押さえておくと思います(とりあえずこのコンセンサスがあるということは覚えておきましょう😊).
またSOAPのClinical FAQでは,双胎妊娠や重症高血圧(子癇前症),肥満や気道難症例では早めに硬膜外カテーテル留置を検討せよといった実践的助言もなされています.これは前述したASAガイドラインの内容とも一致しており,合併症ハイリスク妊婦ほど陣痛早期に無痛分娩を開始しておくことで,緊急帝王切開時に全身麻酔へ切り替える必要性を減らすことができるという考え方です.特に肥満の患者さんで難しそうな場合は,急ぎだとさらに成功率がさがりそうですし・・.
国際的な合意事項として,産科麻酔は「可能な限り区域麻酔で管理し,母体に余計な全身麻酔リスクを負わせない」方向で発展しています.COVID-19下の推奨においても,症状のある感染妊婦の帝王切開は全身麻酔よりも区域麻酔(脊麻やCSE)を優先することが提言されていました.
このように最近の知見やガイドラインは,無痛分娩前の評価・管理の重要性を改めて裏付けるものとなっています.



先生,まさか全部読んだんですか?しかも英語



さすがに隅々まで目は通せないよね.テクノロジーの進化に感謝😊🙏
まとめ
最後に無痛分娩前の母体評価について,帝王切開術前評価との違いを踏まえ以下にポイントを整理しておきます.
- 計画性の違い
- 選択的帝王切開は計画手術として事前検査・準備が整う一方,無痛分娩は陣痛発来に左右されます.
- 無痛分娩では緊急時対応を常に念頭に置いた評価・準備が必要です(高リスク症例では早期硬膜外カテーテル留置の判断など).
- 評価項目の優先順位
- 既往歴・合併症は無痛分娩・帝王切開両者で必須です.
- 無痛分娩では採血よりも,全身麻酔や硬膜外麻酔に影響する要素(気道評価,脊椎評価,凝固異常の兆候)がより重要です.
- 健常例では無痛分娩時にルーチンの血液検査を省略することもありますが,妊娠高血圧症候群などリスクのある症例では必ず血小板数や凝固機能は評価します.
- 出血・凝固リスクの捉え方
- 無痛分娩では硬膜外麻酔手技に伴う出血リスク(硬膜外血腫)への備えが重要で,帝王切開では術中出血への備えが重要です.
- それぞれ必要に応じて検査・輸血準備を行います(無痛分娩では7~10万/μL以上の血小板を目安に硬膜外麻酔を施行).
- バイタル管理とモニタリング
- 無痛分娩開始前には確実な静脈ライン確保と適切なバイタルサインのモニタリングを行います.
- 帝王切開と同様に,麻酔開始時は頻回の血圧測定・心電図モニタリングを行い,母体と胎児の状態変化に注意します.
- 妊娠高血圧症候群への対応
- 硬膜外麻酔を行うことで疼痛を和らげ,血圧上昇を抑制するメリットがあります.ただし重度の血小板減少や凝固異常があれば全身麻酔を選択します.
- 評価時に血圧コントロール状況,尿量・腎機能,肝酵素・血小板をチェックし,麻酔方針を産科と協議・共有します.
- ガイドラインに基づく判断
- ASAガイドラインでは「健康産婦にルーチンの検査不要,リスクあれば個別判断」,「緊急時回避のため高リスク妊婦には早期に硬膜外鎮痛を」などと書かれています.
- SOAPのコンセンサスでは血小板7万以上で硬膜外麻酔は概ね安全とされます.



長々とおつかれしたー
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